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18.宿木の封印編 特別な人 




 テミュリエとスノウが出ていった部屋は、急に静かになった。ヘイムダルはベッドのそばまでくると頭を下げ、セフィライズの前に枝角を出す。


「触れていただけますか?」


 セフィライズはそう言われ、動かすのも億劫だったがその枝角にゆっくりと触れた。やはり以前と同じく、胸の中に懐かしさが込み上げてくる。自身が思う感情ではないのは明らかだった。ほの明るく灯っていた角全体が強い光を放つ。

 触れたところから、温かな灯火が体に流れ込んできた。兄からマナを分け与えられた時の事を思い出す。次第に疲れ切っていた体が軽くなり、意識もしっかりしてきた。


「どうでしょうか。少しは楽になりましたか?」


「あぁうん、ありがとう」


 枝角に触れた状態で、セフィライズは上半身を起こした。


「あなたは、どこまで知っていますか?」


「どこまで、とは。『世界の中心』について、だろうか」


「ええそうです。多く語られる伝説上の秘宝としてではない。その真の存在理由をご存知ですか?」


 その問いに答えるのに、少し間が空いた。知っている、その存在理由を。それを思い浮かべどう答えるか迷っている間にヘイムダルが言葉を発した。


「なるほど……」


 ヘイムダルはまだ答える意志のない彼の心を先に読み取ってしまった。彼にはその枝角に触れられる事で、集中すれば相手の深層心理、遠い記憶の果てまでも読み取る能力がある。

 セフィライズは不便だなと思った。隠し事ができない。


「失礼しました。角から手を離して頂いて構いません」


 不便だと思った事も読み取られたらしく、セフィライズは苦笑しながら枝角から手を離した。顔を上げたヘイムダルが一歩下がり、床に座る。


「行き着く先は、ご存知ではなさそうですね」


「行き着く先……?」


「イシズ様の『大いなる願い』の、そのものを」


 白き大地では、『大いなる願い』とは魔術の神イシズが望んだもの、手に入れたかったものとされている。しかしその内容は不明だ。ただ、魔術の基礎を作り世界を浄化したのも、その『大いなる願い』の為であったと言われている。その後に、自身の血を分けた白き大地の民を率いて、残存ずる穢れを払う術を伝えた。白き大地の民は長く、イシズが守った世界に残る汚染を取り払うのが仕事だった。しかしその使命も、もう何百年も前に終わった話だ。


「その、内容までは知らない」


「人の子が生んだ原罪。あなたには知る権利がある。あなたがここに来たのも、偶然ではないのです」


 『世界の中心』に導かれた結果だと、ヘイムダルは言いたい様子だった。しかしそれは、自らは何も選んでいない。自分の人生は『世界の中心』の力によって引き寄せられ、決められた道を歩まされている。そういう風にも聞こえた。


「お連れしたいところがございます。ですが……」


「もう大丈夫。今から行こう。スノウには、知られたくない……」


「なるほど、かしこまりました」


 ヘイムダルは先ほど読み取った記憶から、セフィライズがまだ最後の一つ、その『世界の中心』の本当の存在理由についてスノウに知らせてない事を理解していた。


「……彼女には何も、言わないでほしい」


「我からは何も言いませんよ」


 ヘイムダルが苦笑したのがわかった。


「特別な方なのですね」


 ヘイムダルはイシズの事を思い出す。彼もまた、エイルの事をとても大切にしていた。その関係と、少し似ていると思ったのだ。


「特別……」


 セフィライズはスノウの事を想った。ただスノウが不死者になっていくのを、何もする事ができずにいる。

 運命は変わらない。以前、イシズに言われたことがある言葉だ。その時は、それがイシズだとは理解していなかった。

 変わらない、変えられない、抗えない。


「自分が『世界の中心』の入れ物だと理解した時、もういいかなと思った。このまま、ただ生きてそして他より早く死ぬ。実際人間は、その寿命より早く死ぬ事もあるのだから。何もせず、このままでいいと……」


 自分が死んだら『世界の中心』はどうなるのか。『世界の中心』を()()する為に、何か手を打つべきではないのか。そう考えた事もあった。しかしこの世にはもう、その手段は残されてはいない。結局何もできない。何か世界に貢献する事も、爪痕を残す事もなく、掃いて捨てるほどいる人間の中の一人でしかない。

 いや、その掃いて捨てるほどいる人間にすら、なれなかったかもしれない。


「でも……」


 全てを諦めていたのに。シセルズが必死に手を伸ばしているのに気がついていた。未来を見ろと言っている、それをわかっていて、長くその手を取らなかった。

 死んだように生きる事を肯定していた。


「今は……生きたいと思う事も、増えた。彼女がいるこの世界を、守りたいと願う……だから、もし知っているのなら、一角獣(ユニコーン)の心臓以外に、スノウを浄化する方法を、知らないだろうか」


 運命は変えられない。その言葉に、全力で争いたいと思っている。


「……残念ですが、我の知識では」


 ヘイムダルが頭を下げた。その回答に、再び深い息を吐く。


「……全ての願い、全ての富、全ての知識、全ての……本当に、夢物語だ。何もできない。これのせいで。いや……」


 『世界の中心』が悪いのではない。わかっていて、結論を先延ばしただ生きてしまった事。わかっていて、スノウと一緒にいる事を選んだ。


「全部、俺のせいか……」


 虚しくて仕方ない。何もしてこなかった自分のせいで、彼女が犠牲になる。守りたかった未来も、続けたかった世界も、全て。全部自分が悪いのだと、そう強く思うのに。今からではもう、手遅れだと言われているようだった。


『救われると思うな』


 いつかイシズにいわれた言葉が、頭の中で反響した。








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