14.エルフの森編 どんなもの
スノウはしばらく彼の言った事がわからないでいた。何かの冗談か、それともたちの悪い嘘にも感じる程、想像もできない回答。しかし、彼は絶対にそんな事は言わない。だからこれは、真実なのだ。
呆然とした表情で見つめる。セフィライズもまたどう反応していいかわからない。夜の森に淡く光っていたマナの輝きは段々と薄れ、次第に月明かりだけとなった。先程までしっかり見えていた彼の顔が見えない。
スノウは《世界の中心》を物だと思っていた。それは神様の作った、とてもすごい道具みたいな何かだと。スノウだけではない、おそらく世界中の誰に聞いても同じように答えるだろう。神器に近い、形のある物。
彼の魂の回廊で見た全てが、その言葉につながる。物のように扱われるその理由は。
「手に入れた《世界の中心》は、現世に長くその存在を保つ事ができず、今にも消えそうだったらしい。入れ物が、必要だった。当時、妊っていた母の体内に入れる事で器を得た。だから、今ここにある」
スノウは彼の顔を真っ直ぐ見つめる。その暗闇にゆっくりと目が慣れると、その瞳が夜空を飾る二つの月と同じ、冷たい色をして、どこか憂いを帯びていた。
『それは、どう……どうなるんですか?』
それがあると、人はどうなるのか。そもそも、彼は人なのか。戸惑いながらも再び彼の手を取る。その手のひらにゆっくりと、文字を書いた。
「どうなるか……。ちょっと、わからない。人が持っていい物では、ないと思う。《世界の中心》に耐えきれず器が崩壊すると思っていた。実際その兆しはあったと思う。ただ……」
彼の言う兆しはおそらく、胸にできた腫瘍の事だろう。それが全身に周りそして死ぬ。そう思っていたのだろう。しかし実際は、その腫瘍はなくなり彼は目の前で変わらず生きている。それは、スノウがあの泉の水を飲ませたから。それがおそらく彼の体に何かしらの変化をもたらした。
セフィライズは再び目を閉じる。器の崩壊と共に死に、終わるとずっと思っていた未来が無くなった。器が壊れないのなら、おそらく《世界の中心》に合わせて器が変化していると捉えるのが正しいだろう。そしてそれだけのものを感じている。
完全に変化し終わった時、果たして自分という存在がその器に残っているのか。そもそも今の姿形を保っているのか。それはもう、その時がこなければわからない。
スノウは考えるように手を胸元に当てる。今までの話で、スノウにはひとつ、どうしてもわからない事があった。
《世界の中心》とは、一体なんなのか。
永遠の命が得られるもの。世界の全ての知恵、富、力を授かれるもの。無限にマナを吐き出すもの。
そう言われているそれを手にした彼は、永遠の命が得られているようには見えない。他の全ての知恵、富、力、マナも、彼は持ち合わせてはいないようだ。
彼が博識なのは学んでいるから。強いのは訓練しているから。魔術を得意としているのは白き大地の民だから。《世界の中心》の恩恵を、何ひとつ受けていないように感じるのだ。
なら人が欲する《世界の中心》とは、一体なんなのだろうか。何をもたらすもの、なのだろうか。
『それは、一体どんなもの、でしょうか』
そう伝えたくて、手のひらにまた文字を書く。表現しようもない質問だと思った。一体どんなもの、と言ったら。繰り返されるのは永遠の命が得られたり、知恵や富が……という物だから。
「どんなもの……現世においては、ほんの少し能力を上げてくれているのかもしれない。実際兄さんより血に含まれるマナの量は多いようだし」
スノウはそれを聞いて、本当にそれだけなのかと思った。手に入れれば無限の幸福が得られる究極の財宝のような言われ方をしているというのに。たったそれだけ。夢物語を信じた人たちが、追い求めただけに過ぎないのだろうか。
まだ、何か隠している気がする。スノウは直感的にそう感じた。でもどう質問していいかわからない。だからもう一度、彼の手のひらに綴った。
『どんなもの、ですか?』
どんなものか、という質問を繰り返されセフィライズは戸惑う。スノウの真剣で真っ直ぐな瞳は、まるで何かを見透かしているようだと思った。
「さっき言った通り。そんなに役に立つものでは、ない」
それでもなお、彼女が手のひらに文字を綴る。
『他には、何も。知らないのですか?』
あなたはまだ、隠していませんか。全て話すと約束しました。それでもまだ、何か。
「……後は、何も……知らない」
これが彼女に言える、全て。




