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13.エルフの森編 『世界の中心』




 スノウはテーブルの上に置かれたその分厚くて重そうな本に触れてみる。それに気がついた彼は、触るなとは言わなかった。しかし、スノウの手から遠ざけるように持ち上げる。


『これは?』


「……白き大地にあった、魔導書みたいな……」


『そうなんですね』


 白い革に金の装飾が美しい本だ。開かないように留め具がある。そして背表紙には何故か、短剣が突き刺さっていた。

 スノウはどうして本にナイフなど刺さっているのかと気になり、セフィライズの持つそれに、手を伸ばそうとした時だった。

 彼女の視線の向こう側、見える外はすでに夜で、木洩れる月明かりしかない。はずだった。

 ふんわりと優しい光が揺れている。目を凝らすと、雪が空から舞うのとはまるで逆、下からふわふわと白い淡い光を放つ物が昇っていくのが見えた。それはあの壁の中、魔術の神イシズと会った浮遊空間の、螺旋状に昇る光の渦によく似ている。


『これは、なんでしょうか?』


 スノウは自然と外に出た。バルコニーの作りになったその場所で、柵に手をかけ下を覗き見る。とても高い。スノウは少し怖くなった。

 下からふわふわと大量に昇っていく光はとてもゆっくりで、目の前の光に手を伸ばす。


エルフの森(ホルトゥラーヌス)はマナが濃い。こうして可視化できる程に溢れる事がある」


 スノウの隣に並んだセフィライズが、柵に肘をつき体を預けながら前を見る。彼のその肌の近くを光が昇ると、白さが際立った。


『あの、お食事。美味しそうに召し上がられてましたね』


 伝わるだろうかと彼の肩をトントンと叩いた後、スノウは必死に手を動かして見せる。食事を摂るような仕草をしてみせると、少し考えた彼がああ、と呟いた。


「久々に、味がしたから」


 スノウは、お薬は飲まなくて大丈夫ですか? もう苦しくないですか? と、聞きたかった。しかし、どう動いたら伝わるかわからない。

 とりあえず何かを口に入れて水を飲む仕草をしてみたり、胸の辺りを押さえてわざとらしく痛そうにしてみた。その動きに彼が困ったように笑っている。


「ごめん、わからないけど……もう、何も問題ない」


 彼女の言いたいことが伝わったようだ。しかし、曖昧な返事をされてしまう。


 セフィライズは憂うように目を細め、ゆっくりと閉じる。思い出すのは、あの雨の中。

 死ぬのだと思った。ぼやける視界に、スノウがいる。もう、死ぬだと。しかし、気がついたらあの泉の辺で、目を覚ました。今にも泣きそうなスノウの姿と、異様な空間。そして同時に感じた。体が軽い、まるで自分の体ではないようだと。

 その時はあの空間にいたからかとも思った。しかし、このエルフの森(ホルトゥラーヌス)にきても変わらなかった。

 胸の腫瘍がなくなったのも、体が異様に軽く感じるどころか疲れもそんなに感じないのも……そして声を出さずとも魔術が発動したのも。おそらくあの泉の水を飲んだから。

 セフィライズは手を心臓付近に当てた後、そのてのひら見つめた。


 わかっている。あの泉が何か。

 あれはかつてあった世界樹の……。


『あの……』


「随分、遠いところまで来た」


 遠くまで続くその淡い光を眺め、セフィライズは横にいるスノウを見る。柵に体重を預けるのをやめ、彼女の前に真っ直ぐ立った。


「……長く、付き合わせてごめん」


『いいえ、わたしが一緒にいたくて。今ここにいるんです」


 頭ひとつ分よりも少し低い彼女。鮮やかで綺麗な色の金髪と、健康的な肌、そして透き通った真の強い青緑色の瞳。少し前まで幼さがあると思ったその姿は、すっかり大人びているように感じた。

 スノウがセフィライズの手を取る。何かを伝えたいのか、彼のてのひらに文字を綴りはじめた。


「やくそく、はなし。ききたい……」


 セフィライズが視線を下に向ける。暗く、影を落とす瞳。

 その時が、きたら。それがきっと、今だ。


 セフィライズは言葉に詰まった。自分の事を話す、という経験があまりない。何から話していいのか、どこから話していいかわからない。彼が振り返ると部屋の中、テーブルの上に置かれたあの魔導書があった。


「あれは白き大地にずっと引き継がれてきた、王の写本(トリスメギストス)という魔導書。魔術の神イシズが作った『世界の中心』の模造品」


 模造品を作ろうとしたのか、それとも『世界の中心』を作ろうとしたのかは、今となってはわからない。しかし長く白き大地の民の宝物(ほうもつ)として大切にされてきた物だった。


「長く歴代の王がそれを引き継ぎ、模造品ではなく本物の『世界の中心』にしようと躍起になった。でも、結局は『世界の中心』にする事はできなかった」


 白き大地の民は王の写本(トリスメギストス)に今まで数多くの民の血を吸収させ、イシズの遺した叡智を解放しようと試みた。多くの知識の一端を与えてはくれるが、この世界のマナ不足を補うような存在に変化させる事はできなかった。

 セフィライズは伏し目になりながらも、抑揚のない小さな声で続ける。


「……父は、この王の写本(トリスメギストス)に多くの生贄を捧げ、《世界の中心》がそもそも存在するのか、どこにあるのかの知識を得た。そしてさらに犠牲を払い、……手に入れた」


 彼の言葉に、驚きながらもスノウの瞳は強く輝いた。やはり彼は見たのだ。彼の父が手にした『世界の中心』を。リヒテンベルグ魔導帝国に侵略され滅ぶ原因ともなったそれを。

 スノウはゆっくりと、彼の手のひらに文字を綴る。


 どこにありますか。


 その言葉を理解して、セフィライズは寂しげに笑った。


「ここに」


 セフィライズは胸に手を当てる。スノウの前で背筋を伸ばし、少し頭を下げて目を閉じた。


「私が『世界の中心』の容器だから」






 


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