9.エルフの森編 ウルズの泉
「シセルズ様も、生きておられるのですか?」
セフィライズがマリニウス将軍と呼んだその男性が、すがるようにセフィライズの手を掴む。
「……兄さんも、生きてる」
その場にいた白き大地の民が喜んだ。王家の血をひく者が生き残っているという事実。再び白き大地の民が復興する事もできるかもしれないと互いに手を取り合い喜びを分かち合う。
「セフィライズ様、ぜひこちらに。お見せしたいものがあります。まずは着替えましょう!」
どうされたのですかその服は、と言いながらマリニウスがセフィライズの手を引く。連れていかれるセフィライズにどうすればいいかわからずスノウは戸惑った。
「この、お連れの方はどなたですか?」
「彼女はスノウ。私の……」
なんだというのだろうか。彼女は一体、自分のなんなのだろうか。言葉が止まってしまった。
どうして、彼女はついてくるのだろう。巻き込んでしまったとはいえ、途中で離れる事はいくらでもできたはずだ。
どうして、ここまで一緒にいるのだろう。仕事上の部下だとしても、もうそんな理由では語れない程逸脱した状態だ。
「仲間……かな」
適切な言葉が思いつかなかった。そう答えると、他の白き大地の民も彼女の周りへ集まり、何か話している。大丈夫ですよ、とマリニウスが言いセフィライズを集落の奥へと連れて行ってしまった。
スノウを取り囲む白き大地の民の女性と子供。皆、髪は銀髪で銀の瞳をしている。今までセフィライズの事を異質に整った、周りとは違う顔立ちだと思っていた。しかしセフィライズと同じような雰囲気を纏った人達に囲まれて戸惑う。
「テミュリエ、よく連れてきてくれたわね。ありがとう!」
「なんか、別にそいつらが突然森にいただけだし。俺は何にもしてないから」
テミュリエが照れた顔をしながら背を向け、ヘイムダルの背に触れる。頭を下げたヘイムダルはその四本の足を動かし集落の中心へと向かうと、テミュリエもその後を追った。
「スノウさんも綺麗にしましょう」
『あ、あのセフィライズさんはどこに?』
「こっちよ。大丈夫!」
戸惑うスノウをよそに手を引かれ、セフィライズが連れていかれた方向ではない集落の奥へ連れていかれた。
スノウが連れてこられたのは浅い湖だった。木々の隙間から漏れる光が湖面に反射し、透き通った透明な水が、底に沈む木々の丸太についた苔が緑と、空を吸い込んだかのような青緑の白群を浮かび上がらせる。樹木がその湖を際まで囲み、奥に光さす先に石できた巨大な扉があった。
「全て脱いで入ってね」
白き大地の民の子供がスノウの背を押す。気がつくと先ほどまでスノウの周囲にいた女性の半数の姿がなく、まだ若い少女と女の子だけになっていた。
『ここに、ですか?』
「おねーちゃん喋れないの? ここはウルズの泉だよ」
『ウルズの泉、ですか』
早く早くと、子供にせがまれて泥と血と汗で汚れ切ってしまった服を脱ぐ。裸になると女性しかいないとしても恥ずかしく、前屈みになりながら立ち上がり泉に足を入れた。ひんやりとした感覚が心地よい。浅い泉の中心に向け進むと、ちょうど腰当たりに水位が来たところで止まった。
スノウは髪を水に浸す。両手で水を掬い上げ頭からかけてみた。汚れをとるように髪を持ち擦ってみる。体も手でくまなく摩った。
風が通るたびに木の葉を揺らし、さざなみの美しい音が響く。葉の間から入る光がゆらゆらと揺れ、空気を描くかのように直線となって湖面に刺している。とても落ち着く場所だった。遠くに見えるあの扉は何だろうか、そう顔を向け真っ直ぐ見たその時。
「古き約束を守り続け、よくここまで来ましたね」
声がして、振り返ると湖の上に額から長く白い角を生やした真っ白な馬が立っていた。純白のたてがみが風で揺れ、真っ黒な瞳を白いまつ毛が覆い隠す。とても穏やかな表情をしたその動物は、紛れもなく一角獣だった。
『あ、あの。スノウと、申します。その……声が出なくて』
「大丈夫、わたしには聞こえていますよ」
一角獣は湖面の上を歩き進む。蹄が触れるたびに、水の上に波紋が広がった。初めて見る癒しの神エイルの眷属。何故かとても古くから知り合っているような懐かしさを覚えた。
『あなたは?』
「わたしはスヴィーグ。彼女の意思を継ぐものと契約をした、最後の個体です」
スヴィーグはその頭を下げ、スノウの目の前に角を出した。スノウは自然とその長い乳白色の角に手を添えると目を閉じる。すぐにスノウの胸の中が懐かしさや切なさで溢れかえった。
「そうですか、なるほど」
スヴィーグはその角を通し、スノウの記憶を読み取っていた。スノウ自身、その角に触れた瞬間から走馬灯のように思い出が蘇る。産まれたその時から、今に至るまで。懐かしい景色、楽しかった思い出、辛かった過去。そして胸に溢れる、彼への想い。
「懐かしい」
スノウの記憶から読み取った、壁の中の出来事。そこにいたイシズとウィリ。スヴィーグが頭をあげると、彼女の手が自然とその角から離れた。




