8.エルフの森編 白き大地の民
少年は吐き捨てるように言った後、軽蔑する表情を向ける。セフィライズの後ろにいるスノウに気がつくと、興味が出たのかほんの少し前屈みになりながら覗いた。
「後ろは白き大地の民じゃないな。なんだ、お前のつれか? 何故エルフの森にきた」
「彼女の……」
彼女の代償という名の呪いを解く為に一角獣を殺しに来たなどと言ったら、おそらくこの森から追い出されるだろう。神々の眷属を殺めようとするなど、重罪でしかない。
「いや、仲間を……探しに来た」
先ほどのこの少年の言葉からも察せれる通り、おそらく一人二人ではない白き大地の民がこの森に入るのだろう。一角獣を探す為にも、今は一旦嘘をつくことを選んだ。
「なるほどな。原罪がきたとなればあの連中、大喜びだろうな」
「案内しましょう。セフィライズ・ファイン・オーデュリカ。我はヘイムダル。この子はテミュリエ・オラン・ハルジオです」
雄鹿は全ての知っているように、名乗ってもいないのにセフィライズの名前をフルネームで発する。
同じくヘイムダルと名乗る雄鹿が何者であるか、セフィライズにもよくわかっているようだった。
よろしくな、の一言もなくその少年がセフィライズに手を出した。黙ってその手を握り返す。背の低いテミュリエは嫌そうにセフィライズを睨みつけていたが、後ろのスノウに気がつくと慌てて視線を逸らした。
「そっち、名前は?」
『わたしはスノウです』
反射的に答えてしまったが、声が出なかったことを思い出した。口元を押さえてどうしようかと戸惑う。
「彼女はスノウ。今少し……話せない状態だ」
「話せない? 病気か何かなら俺が薬を調合するぜ」
『あ、ありがとうござます。ぜひ』
スノウは頭を下げ、声の代わりに手を動かし嬉しそうにテミュリエに手を伸ばした。喜んでいるのが伝わったのか、少年が照れたように手を掴まれる前に体を捻り背を向けてしまう。
「ついてこいよな。白き大地の民のところまで連れてってやるよ」
歩き出したテミュリエに続くように雄鹿が進む。少し考えてから、セフィライズもまた歩き出した。
ごつごつと歩きにくい木の根のが重なる森。テミュリエの事について質問をしたいなとスノウは思ったが、しかし声が出ない。
スノウの前を歩く彼の背は服が裂けて血で酷く汚れていた。ここに、この背に、肉が裂け骨が見える程の傷を負い、そして彼は一度おそらく人として死んだのだろうと思う。喉元に手をあて、声を絞り出しみた。彼の名前を呼んで、届かない、わかっている。
「スノウ、どうした?」
声は出ていなかったはずなのに、彼が振り返ってくれた。それに驚いて、スノウは目をまくるして見つめ返す。彼が困惑した表情をした。
『あの、どうして、わかったのですか』
「えっと……」
『声は、出てなかったですよね?』
声が出せないのに何故わかったのかと伝えたくて、必死に喉元を手で何度も撫で口を動かしてみる。
「あ、あぁ……なんとなく、スノウが話があるのかなと、思って」
彼が照れたように笑った。嬉しくて、彼の手に触れ一歩前にでる。横に並ぶと、見上げる彼の髪はいまだ血と泥に汚れていた。スノウ自身がバッサリと切り落としたせいで、不自然に真っ直ぐになっている。スノウは手を伸ばして、その髪の先に触れた。
『後で、髪を整えましょうか。洗って、綺麗にしないと』
「えっと……そうだね。汚れているから」
髪が汚れているといった趣旨の事を言ったのだろうとセフィライズは察した。なんだか、彼女の行動や仕草である程度何を伝えたいのかわかるものだなと思う。
しばらく進むとテミュリエが足を止めた。大きな木の幹に手を当て、見下ろすように覗いている。
「ほら、ついたぞ」
セフィライズはテミュリエの横に立ち下を見た。川のほとりに集落が見える。そしてそこには多くの白き大地の民がいた。小さな子供も何人か見え、川で水遊びをしている。
「おーい、帰ったぞー!」
テミュリエが手を振り大声を出すと、外に出ていた数人の視線がこちらを向いた。その横にいるセフィライズに気がついた彼らの一部が、驚きの表情を浮かべている。
集落へと滑るように降りると、何人もの白き大地の民が集まってきた。セフィライズの周りを囲むようにして、その中から一人、五十歳位の男性が歩いてくるとセフィライズの前で止まる。
「まさか、セフィライズ様、ですか……?」
「マリニウス将軍……?」
マリニウスと呼ばれたその男性は、セフィライズと同じ銀髪を額を見せるようにきれいに束ねている。心からセフィライズに会えたことを喜び、彼の手を握り大げさに振った。
「生きていらっしゃるとは、コーデリウス様が生きていらっしゃれば、お喜びになられたことでしょう」
その言葉に、セフィライズは顔色を曇らせる。
『大丈夫ですか?』
スノウは彼の腕に触れた。すごく辛そうだと感じたからだ。おそらくコーデリウスとは彼の父親の事だろうと思う。彼の魂の回廊の中で、酷い仕打ちを繰り返してきた。彼にとっては、思い出したくもない過去に違いない。
「大丈夫、ありがとう」
声は出ていなかったが、スノウが心配してくれているのがわかった。腕に触れる彼女の手に自身の手を重ねて微笑む。




