6.魂の回廊編 答え
『ごめんなさい。わたし、とてもその……思いつかなくて、方法を……』
スノウが口を動かす。動きで伝わらないだろうからと両手を使って上下に動かした。仕方なかった。飲ませる方法が、助ける方法が思いつかなかった。そう伝えたい。
「……スノウ、ごめん」
スノウとは対照的にすぐ冷静さを取り戻した彼が辛そうに眉間に皺を寄せていた。
「ごめん……」
『わたしが、セフィライズさんを助けたくて、したんです。謝らないでください』
スノウは手を伸ばした。そっと下を向くセフィライズの手に触れる。顔をあげた彼の透き通る銀色の目を真っ直ぐ見て、優しく微笑んだ。
彼女が何を言っているかは、わからなかった。しかし、おそらく気にしないでほしい、といった趣旨のことを言ったのだと思った。
「わかった……」
そう答えると、スノウは嬉しそうに頷いた。
その二人の姿を見て、イシズは目を細めた。何か思い出したくもないものが脳裏の映ったのか、悔しそうに拳を握る。そしてすぐに自嘲する表情を浮かべた。
「イシズ……間違っていないと、思いたいのじゃろう?」
「違う……」
「違わない。顔を見ればわかるのじゃ」
「僕は、許さない。この世界も、人間も全部。消えてなくなればいい。ただの気まぐれだよ。これはただの、気まぐれ」
イシズは一歩前にでた。立ち上がったセフィライズを前にし、心臓にむけ指を伸ばす。警戒するように、彼は身を引いた。
「想うのなら救って見せろ。僕に見せてみろ。貴様の答えを」
セフィライズの澱みのない瞳の灯火に、イシズは思わず視線を逸らしそうになった。少し前まで、死んだような目をしていたはずだというのに。
「停滞している方が、僕は好きだった」
その言葉に、セフィライズははっきりと思い出した。夢だと思っていた、あの白く淡く光る人との会話。それが全てイシズだったと理解する。
「……スノウを救いたいと思うのなら、一角獣を殺し、心臓をえぐり出せ。その血を飲ませろ」
指をさされたスノウは、胸に手をあて戸惑った。そんな事できるはずもない。しかしイシズがいう通り、一角獣の血を飲ませなければスノウ自身どうなってしまうのかわからない。
自分の命の為に、何かを犠牲にするのか。
「それに、代償はあるのか」
一角獣は穢れなき乙女の前にのみ姿を現す。つまり殺すのも心臓をえぐるのも、スノウがしなければならないのだ。
「フッ、ないわけないだろうが。眷属への冒涜を犯す者に治癒の力を与えると思うか? 二度と使えなくなるだろうな」
「それ、だけか?」
治癒術なんて使えなくなってもいい。それで彼女が救われるのなら、しかしスノウを見るととても思い詰めた表情をしていた。
「貴様にとってはそれだけでも、その女にとってはどうかな」
イシズが嘲るように笑う。スノウを気遣うように手を伸ばした。顔をあげた彼女が困ったように笑う。喉元を抑えて、何か口を開けるも何を言っているかはわからない。最後にまた寂しそうに笑うだけ。
「……死んでしまったら、何も。意味がない」
スノウが戸惑っている理由がわかったから。でも、スノウの命の方が大切だ。だから迷わないで欲しいという意味だったのだが、スノウは少し怒った表情を浮かべた。
『それを、セフィライズさんが言うのですか?』
「何……?」
険しい表情の彼女が両手を伸ばし、セフィライズの肩を掴む。しっかりと近づいて、はっきりした目で見つめられた。
『命を、大切にしていないのは。セフィライズさんの方じゃないですか! わたしが、わたしがどんな気持ちで……! どんな、気持ちで……』
必死に口を動かすも、この気持ちは声にならない。伝わらない。下を向いて、泣きそうになった。届かないから、どんなに頑張っても。
『辛い思いをしてほしくないんです。自分を犠牲になんて、してほしくない。もっと、もっと大切にして欲しいんです! あなたが、好きだから! ずっと、一緒に……いたいから』
伝わらない。振り絞った気持ちは、届かない。
「……何を、言っているか……わからなくて、ごめん」
セフィライズは泣き出したスノウに何を言えばいいかわからなかった。怒った表情で口を大きく開けて、叫ぶように何かを言っていたがわからない。そして最後は失速して下を向いてしまうから。
『ごめんなさい……』
スノウは彼の肩から手を離し、胸に手を当てる。涙を指で拭いて笑顔を向けた。
「今のは、何を言ったかわかったよ。ごめんなさい、は……君に……」
セフィライズ自身が、彼女に謝らなければならないと思っていた。自分なんかについて来てしまったせいで、声を失い下手すれば人ではないものになるかもしれない。死ぬのかも、しれない。
「必ず、君を救うから」
絶対に、死なせない。絶対に、守ってみせる。全てから。今度こそ。
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