外伝 遺書
アリスアイレス城の廊下を、見慣れた白髪混じりの男性が歩いている。それがレンブラントだと気がついて、シセルズは走り寄った。
「帰ってきたのか、レンブラント」
カンティアから帰国したリシテア達の中にレンブラントも、セフィライズとスノウの姿も無かった。話を聞くに怪我の為、療養してから戻るとの事だったので心配していたのだ。
「セフィとスノウちゃんは?」
「シセルズ様、その……セフィライズ様より、こちらを預かっております」
神妙な面持ちのレンブラントが懐から取り出したのはやや分厚い手紙だった。変に堅苦しく丁寧だが細かい筆跡はあからさまに弟のもの。嫌な予感しかしなかった。
「……セフィは戻ってこないって? どこに行くって言ってた?」
「最後は白き大地に行くと、おっしゃられてましたよ」
「なるほど。最後は、ね……」
正直、セフィライズが何を考えているのかすぐにわかってしまった。だから手紙を読まずに破り捨てたくなる衝動を抑えて笑う。
「ありがとな、レンブラント。長旅お疲れ様」
レンブラントに背を向けて、早足で自室へと戻る。デスクの引き出しからペーパーナイフを取り出し、雑にその手紙を開けた。
細かな文字で書かれた手紙は、五枚にもなっている。一枚ずつ、それを丁寧に読み進めるうちに傾きかけていた日が沈んだ。
読み終わると、本当に怒りで頭がおかしくなるかと思った。再び手紙をぐちゃぐちゃに破り捨てたくなる衝動を押さえ、机の上に叩きつける。
「セフィのやつ、こんなクソみたいな手紙よこしやがって。ふざけんなよ!」
何度も暴れそうになる衝動を抑えて、大きく深呼吸を繰り返す。
日が沈み、夜が深まる。それまでの間ただぼーっと、部屋のベッドに座りながら外を眺めていた。
もう時間がない。手紙から伝わるそれは、シセルズの決断を促すのに十分だった。悠長に構えていたが、もう無理なのだ。いつまでもその時が来なければいいのにとも思っていた。しかし。
アリスアイレス王国の制服を脱ぎ捨て、シセルズは私服に着替えた。部屋のベッドの下に隠しておいた魔剣グラムを取り出し腰に帯びる。
暗がりの中で、赤茶色に染めていた髪に手を当てる。目を閉じ、結んでいた長い髪をゆっくりと元の銀髪へと戻した。
決意の目を開ける。右目は白き大地の民としての銀色。そして左目は、父親より受け継いだ金色。永遠の神ヨルムの心臓が封印された眼球だ。
深夜、ベッドの上で優しく灯るランプの光を頼りに本を読んでいたカイウスは、扉が開く音で顔を上げた。
「……シセルズ、か?」
中に入ってきたシセルズが、いつもの赤茶色の髪ではなく白き大地の民として現れた事に驚いた。
「どうしたこんな真夜中に。見張りがいただろう」
「見張りにはちょっと、寝てもらいました」
「強引だな。お前の頼みなら明日にでも時間を作ったぞ」
「すみません、今すぐにお会いしたかったので」
シセルズにいつもの少しふざけた雰囲気がない。真剣な面持ちで、真っ直ぐにカイウスのところまで歩いてきた。
「手紙の事か? レンブラントから聞いている。セフィライズからもらったんだろう?」
「はい」
「あまりいい内容じゃなかった。そうだな?」
「その通りです」
カイウスの前に跪いたシセルズは、頭を下げた。
「今まで……お世話になりました」
「セフィライズのところに行くのなら、かまわないぞ」
「いいえ。俺は……俺が欲しいもの為に、全てを諦めにいくんです。だから」
この国にも、迷惑をかける。今まで沢山世話になったというのに、恩を仇で返しに行くのだ。だからせめて、カイウスぐらいには挨拶をして行きたかった。
「もう、引き返せないと思うんで。もしセフィが戻ってきたら、ごめんなって言っといてもらえますか?」
カイウスは何が言いたいのかわからなかったが、シセルズの決意が固い事だけはしっかりと伝わった。目を閉じ、しばらく昔を思い出す。一緒に過ごした日々を懐かしく思った。
「わかった。ただ……シセルズがもし、また戻りたいと思うのなら。お前の椅子は常に空けておく。気にせず戻ってきたらいい」
「ありがとうございます」
シセルズは立ち上がり、ナイフを取り出した。長い自身の髪を持ち切り落とす。束にしたそれをゆっくりとカイウスの前に置いた。
「でも、戻る気はありません」
「そうか。なら、またいつか会おう。今度は友人として」
「はい」
シセルズは深く頭を下げ部屋をでる。振り返らない、もう戻らない。
進む道を真っ直ぐに見た。
これから、全てを。この世界の全てを否定して、この世界の全てに抗いに行くのだ。
外伝 遺書 end




