外伝 ファヴニール 4
兵士達が巨大な竜の体が動くたびに安全な距離をとる。威嚇するように剣を前に出し、石を投げてみるものもいるが近寄れずにいた。
その様子を眺めながらセフィライズは魔剣グラムを振った。意識を集中させると、その平たい刃の上に刻まれた古い文字が青白く光だす。すぐに全体がほんのりと灯った。
シセルズはセフィライズの手に自身の手を添える。
「我は魔術の神イシズの血を受け継ぐ者なり。古より伝わりし神器を媒介とし、共鳴を起こしその力を発動させよ。今この時、我こそが世界の中心」
シセルズが魔術を唱えると、普段赤茶色に染まっている髪と目が元の銀髪に戻った。彼の左目の下に描かれた刻印がうっすらと光っている。その左目は銀ではなく金に染まっていた。
「行ってこい」
疲れた表情の兄から背を押される。セフィライズは脇腹に痛みを感じながら走った。兵士達が気を引きつけているその竜にむけ再び剣をかざす。できるだけ心臓の近くにと高く跳び上がり、竜の体の上を走って狙いを定めた。
「はっ!」
深く吸った息を吐き出し、体を大きく反らせ力を剣に乗せる。魔剣グラムは狙い通り、竜の肩より少し背の方に回った位置へと深く突き刺さった。
竜が雄叫びを上げなら激しく暴れ出す。長い尾が再び周囲のものをなりふり構わず薙ぎ払い出した。
セフィライズが剣を竜へと突き立てた事を確認したシセルズが、今一度禁忌の魔術を詠唱する。
「我は魔術の神イシズの血を受け継ぐ者なり。生命の灯火を吸い上げ虚無へと還せ。共鳴せよ! 今この時、我こそが世界の中心!」
シセルズの体からマナが溢れる。淡く輝くマナに包まれた手を振り上げた。発動し、魔術の塊となったマナが真っ直ぐにセフィライズへ向け飛んでいく。
セフィライズは兄が発動した魔術の流れが体内に入ってくるのを感じた。暴れる竜から振り落とされないようにしがみつき、それがセフィライズ自身のマナを巻き込み吸収しながら魔剣グラムへと注がれていく。
突如として竜の暴れ方が変わった。痛みを訴えるような動きから、苦しみ悶えるように上下へと飛び跳ねだす。何度も飛ばされそうになりながら、セフィライズは必死に耐えた。次第に魔剣グラムへと何かが吸収されていき、剣が黒く淡い光を放ち出す。そのせいなのか、柄を持つ手が痛み出した。
激しい咆哮が次第に弱々しくすすり泣くような音に変わっていく。あんなにも激しく暴れ回っていた竜が、その場へと崩れ段々と動かなくなっていった。
吸われている、命を。セフィライズはそう実感した。
セフィライズは完全に竜の動きが止まり、その巨体に生命を感じなくなると魔剣グラムを引き抜いた。黒く光っていた刀身は、その瞬間元の淡い光を取り戻す。
「鉱夫を助ける為の穴を、開ける作業に入ってほしい」
セフィライズは竜の体の上から、動かなくなったそれを警戒している複数人の兵士にむけ声をかけた。あまり人に指示を出さないものだから、これで合っているか不安になる。
「かしこまりました!」
兵士達が敬礼し、指示通り動き出すのを確認して飛び降りる。シセルズがいる魔鉱石の残骸の方へ歩いた。岩影に一人、項垂れて座っている銀髪の兄。
「兄さん?」
「おー……いや、久々に二発。どっちも禁忌はきついわ」
顔を上げたシセルズは、右目はセフィライズと同じ銀色。そして刻印の上にある左目は金色だ。久々にはっきりと、兄の本来の色を見て戸惑う。
「何だよ」
「戻さないの」
「もうそんな余力残ってねぇよ。明日だ明日。今日はこのままでもいいだろ」
セフィライズとよく似た顔立ちでシセルズは笑う。白い肌に、白銀の髪。白き大地の民としてのシセルズ。もう何年もこの姿の兄を見ていない。だからついじっと見つめてしまった。シセルズが立ち上がりながらセフィライズの肩を叩く。
「珍しい物でも見る目はやめてくれよな。元々は、これなんだから」
「……左目は、隠した方がいいと思う」
セフィライズは自身のマントの端を持ち、剣を使って切り裂く。それを兄に渡すと、シセルズもまた黙って左目を隠す眼帯として縛り付けた。
「これってなんか、俺……痛い奴じゃないか?」
「兄さんなら、そんな変じゃないよ」
「どーいう意味だこら」
セフィライズは普段と変わらない兄の様子に、口元を押さえ少し笑ってしまう。
その時、セフィライズの背後から崩れた魔鉱石の残骸を踏み進む音がした。振り返ると兵士の一人が顔を覗かせ、少し驚いた顔をしている。
「救出作業開始しました! えっと……」
「お、お疲れ! じゃあそっち行くわ」
シセルズは立ち上がるも少しよろけてしまう。咄嗟に差し出されたセフィライズの手をとって、少し笑った。視界に入る自身の髪とセフィライズの髪と、同じ色。
「セフィは救護班とこ行けよ」
「まだ大丈夫」
「うるせぇ、指示に従っとけ」
手を振りちゃんと行けよと声をかけシセルズが行ってしまった。髪色に驚いている兵士に、俺だってあいつの兄ちゃんだから当たり前だろ、と言った内容の話をしている。それを見送りながら、セフィライズもまた救護班の元へ歩き出した。




