外伝 ファヴニール 3
シセルズが竜の尾の根っこ部分に突き刺した剣を、抜こうと必死に引っ張ってみるも鱗に遮られて抜けない。暴れる竜に振り回されながら、必死にしがみついた。
「兄さん早く離れて!」
「剣が抜けねぇッ!」
「捨てていいから!」
痛みの咆哮を上げる竜が激しく暴れ、地震のように揺れる。巨体は周囲の岩を破壊し尽くしていた。飛んでくる岩と竜の尾に気を配り、セフィライズは再び攻撃を仕掛けるべく走った。
早くこの竜の動きを止めなくては、しがみついているシセルズが振り落とされでもしたら危ない。魔剣グラムを持ち、その醜悪な容姿をした竜の額に向け高く飛び上がる。
竜の薄い青の眼球がしっかりとセフィライズを捉え、大きな口をあけて波動を感じる程の咆哮をあげた。
「セフィッ! 危ねぇ横だッ!」
「うぁッ!」
その瞬間、右横から尾の先が飛んできた。セフィライズの体を簡単に薙ぎ払い、彼は勢いよく魔鉱石群の中へと沈む。持っていたはずの魔剣グラムが空中を舞い、地面へと突き刺さった。
「おい! セフィッ! くっそ、このバカじっとしろ!」
シセルズは剣を引っこ抜くために足で必死に竜を押し引っ張った。しかし抜けない。
「シセルズさん! 加勢します!」
待たせていたはずの兵士三人が、仲間を呼んできたのか数十人になってその空間へと入ってくる。このままでは怪我人どころか死人が出るとシセルズは慌てた。竜に突き立てた剣を捨て離れる。地面に刺さった魔剣グラムへと手を伸ばし、それを持ってセフィライズが飛ばされたであろう場所まで走った。
「少しだけ頼んだぞ! 死ぬな!」
そう言って、なぎ倒された魔鉱石の残骸の中を進むと、岩の間にセフィライズが倒れていた。
「おい、セフィ!」
「生きてる」
「立てるか?」
「多分……平気」
どこが平気だよと言いたい程に、セフィライズは頭からも血を流していた。
「悪かったな……」
シセルズが思うに、セフィライズはおそらく自身の身を案じて早急に竜を片付ける事を選び失敗したのだと思った。いつもなら、こんなヘマはしないはずだ。謝りながら魔剣グラムを再びセフィライズへ手渡そうとする。
「兄さんがそれを使って」
「いや、俺は無理だって。お前みたいに速くないし、剣の腕だって」
「……多分、肋骨何本かやられてる。だから」
もううまく動けないって事が言いたいんだろう。ここで弟の戦力が激減したのが痛い。どうしたものかと思ったシセルズは魔剣グラムを見た。
「セフィ、今の症状は?」
「呼吸がしにくい事と患部が痛むぐらい。体は、右にはひねれない」
「それならまだいけるよな。あの竜の体に剣ぶっ刺してこれるか?」
「致命傷になるところは、もう無理だよ」
「どこでもいい。ぶっ刺した瞬間使うぞ」
そう言いながら、シセルズは魔剣グラムの刃で自身の腕を切った。血をその刃全体に降りかかるように落としていく。刀身に落ちた瞬間、吸い込まれるようにして消えた。
「ほら、次はセフィの血」
指示されるがまま、セフィライズもまた腕を切った。血を魔剣グラムに吸わせると再び兄を見る。
「あれって、禁忌を使うって事?」
「ああそうだよ。ほらお前も俺の血、舐めとけよな」
シセルズはそう言いながら腕を突き出した。口元に押し当てられ、セフィライズの口腔内に鉄の味が広がる。
魔剣グラムを媒体とし、それをセフィライズが竜に突き刺す。同時にシセルズが禁忌の魔術を使い血を舐めたセフィライズと共鳴して遠隔から剣へとその力を発動させる。というのがシセルズの計画だった。
内容を理解したセフィライズが難色を示す。
「それは、ダメだよ。兄さんのマナが穢れる。俺一人でやるから」
「うるせぇ黙ってろ。お前が媒体を刺して、共鳴させて俺が発動する。いいな?」
禁忌の魔術を使うと体内のマナが汚染される。そしてそれは元に戻ることがない。澱みみたいなものがずっと残るのだ。使い続けた事がない為、その先どうなるかはお互いに知らない。ただ、あまりいい結末ではないのは想像に容易かった。
「なら逆にしよう。俺は、そんなに長くないから。兄さんは」
「寿命を換算するのはやめろ。そんなもの、どっちが早く死ぬかなんてわかんねぇだろうが」
「いや、でも……」
「でもとかだってとか、子供みたいな事言ってんじゃねぇぞ。たまには俺の話も聞け。俺とお前じゃ体内のマナの量がそもそも違うだろ。俺は発動させるぐらいで限界だ。これが逆だったら、おそらく俺は手を離してしまう」
セフィライズは右の脇腹付近を押さえながら立ち上がった。シセルズから胸に魔剣グラムを握りしめた拳を当てられる。
「ほら、とっとと突き刺してこい。死人が出る前にな」




