外伝 ファヴニール 2
魔剣グラムにはマナを効率よく変換させ、増幅させる力が備わっている。また持ち主のマナを微量ながら吸収し、その白刃は美しく輝く。そしてどんなものでも切り裂き、まさしく魔剣となるのだ。
「……これは、使えない。俺には、その権利はない」
「何言ってんだよ。俺が死んでたら次はお前だっただろ」
順番的にはそうかもしれない。しかしセフィライズは、それはないと思った。兄と自分では産まれてきた理由が違う。役目が、違いすぎるのだ。
「うだうだ言ってないで持っておけ。どうせお前ぐらいしか対応できないんだから。俺にやらせるなよ、死にたくないからな」
シセルズが冗談混じりで笑って見せる。それでもセフィライズは複雑そうな表情のまま膝の上に置かれた魔剣グラムを手に取った。鞘から抜き出してみると、剣はうっすらと光っている。
これを自分が手にしているところを父上が見たら……どんな顔をするだろうか。セフィライズはそう思い、自嘲気味に笑ってしまった。
何事もなければ、兄が持つものだった。それを高く掲げ、白き大地の民を率いて立つはずだった。
今はもう誰もいない。
「セフィは悪くない」
シセルズは魔剣グラムを眺めている弟が思い詰めているように感じて声をかけた。自分のせいで白き大地は無くなったと思っているのだろう。
そんな事はない。これは全部、不運が重なっただけなんだとシセルズは思っていた。
セフィライズは「どうかな……」と返事をしそうになって、止めた。きっと怒られると思ったからだ。今から険悪な雰囲気になったところで何のメリットもない。
何も返事をせず、魔剣グラムを置くとセフィライズは外を眺めた。
真っ白な大地、灰色の空、降り続く雪。子供の頃見た白き大地と似ているが決定的に違う世界。思いを馳せるのはやめておこうと思ったのに。嫌なことばかり思い出してしまい自然と眉間にシワが寄った。
魔鉱石採掘場の入り口まできた。数人の兵士が先に入り、その後にシセルズとセフィライズが続いた。中はところどころに照明用の魔導人工物があれど薄暗い。
兵士達が鉱内の順路が書かれた図を広げてシセルズと何か話している。その横でセフィライズは魔剣グラムを眺めながら考えた。マナを効率よく循環、または増幅させる効果があるならば、可能かもしれない。この鉱内に多く含有している魔鉱石を使う事ができれば。
「我ら、世界を創造せし魔術の神イシズに祈りを捧げ、沈黙の欠片に標たる光明を灯せ。今この時、我こそ世界の中心なり」
詠唱を紡ぎ、魔剣グラムを地面へと勢いよく突き刺した。光が大地を勢いよく走り、その次の瞬間。
「うぉ、まじか!」
兵士他シセルズも驚いて声をあげた。坑道がうっすらと光を放つ。ところどころ強く光ところもあれば、かなり暗い場所までさまざまだが、とても明るく移動しやすい状態となった。
「セフィ、魔鉱石を媒体にして明かりを灯したのか」
「これがあるからできるかなと思って」
魔剣グラムを片手にセフィライズが話した。確かに、強力な増幅効果があったのだろう。しかしそれでも、やはりシセルズ自身にはできないと思った。こういう事ができるのは、おそらく弟にだけ許された特別な能力。
「俺とセフィと、あと何人か……そこのお前とお前と、お前な。ついて来い。あとの奴らはシャベル持って穴あけ準備運動でもしとけ。救護班は体制整えておけよ」
シセルズは手を雑に動かし一人ずつ指差しながら指示を出した。
「道は覚えただろうな」
「一応……」
「じゃあ、奥の方まで行きますか」
シセルズとセフィライズを先頭に、後ろに三人の兵士が続き坑道を進んだ。周囲は先ほどセフィライズが使った魔術のおかげで明るい。一つずつ分かれ道を確認しながら進むと、竜が動いているのだろうか、ずるずると音が地響きのように広がっている。その音に、少しずつ近づいて行った。
広い空間の洞窟へとつながる坑道。入口で彼らは立ち止まった。シセルズが中を覗くと、純度の高そうな魔鉱石が剥き出しの状態で地面から生えている。それらがぼわっと光を放ち、幻想的な空間を演出していた。その地下空間の真ん中で、竜がじっと天井を仰いでいる。
「えっと、取り残された人たちがいるのは、あっち側だっけか」
落盤があったせいで正規の坑道の大部分が潰れているのだから仕方がない。この竜をどうにかして、この地下空間の反対側から穴を掘り新たな道を作る他ない。
「……出る」
「うぇ? え、ちょっと待て!」
魔剣グラムを抜き勢いよく走り出すセフィライズを呼び止めようとシセルズは手を伸ばした。しかしあっという間に弟が竜へと剣を振りかざしている。相変わらず速すぎだろうと舌打ちをすると、後ろにいる兵士達へと振り返った。
「お前らそこで待機!」
「はい!」
シセルズもまた地下空間へと飛び込んだ。ちょうど目の前で竜の背に剣を突き立てているセフィライズを見る。痛みで竜が暴れ出し、その尾が周囲の魔鉱石を薙ぎ倒した。
「うぉ! あぶねッ!」
危うく飛んできた魔鉱石の残骸に当たりそうになりながら走る。セフィライズが竜へと突き刺した魔剣グラムを引き抜いてその場から離れようと高く飛んでいた。竜の爪が弟へと伸びる。シセルズもまた、何の変哲もない普通の剣を抜き、その爪を阻止するため黒い表皮にむけ突き刺した。
「兄さん、下がって!」
「相手がでかすぎる! 連携してやらねぇと!」
地面へと着地したセフィライズが再び剣を構えた。




