48.黒雨の古城編 崖
しばらく進むと前方が明るくなってくる。地下通路の端は、閉じられる事なく柵も崩れた状態だった。外はしとしとと雨が降り、木々の先は黒く塗られている灰色の世界。スノウはこの場所を、知っている気がした。あの時、馬車に揺られ運ばれていた時の、あの場所の雰囲気に酷似している。
セフィライズは少しだけ身を乗り出し周囲を確認した。スノウの手を掴み、振り返って頷く。この雨の中へと飛び出し、二人は必死に走った。雨で体が濡れ、疲労からか寒さを強く感じてしまう。木々の間を抜け、手をひく彼は早く進みながらも足元に気を配っている。その姿もまた、あの時と同じだと思った。目の前にいる彼は、別人なのに。
視界が開けるとそこは行き止まりだった。向こう側は崖になっている。しかしまた、唐突にスノウの記憶が揺さぶられた。周囲に残された馬車の残骸。人骨がいくつも転がり、無惨な姿を晒している。
見たことがある。この場所は、この馬車の残骸も、全て。あの場所、だから。
あの馬車の中で見た、黒髪の彼の瞳は月のように冷たく美しい銀色で、まるで。まるで。
目の前に立つ、セフィライズの目を真っ直ぐに見た。一緒なのだ。一瞬しか見なかった、その瞳が全く同じ色。セフィライズと、ほんの少し見た黒髪の彼の、目の色が。
「セ……」
名前を呼ぼう。そう手を伸ばしたその瞬間。
「うぉらぁあ!!」
「危ない!」
男の雄叫びに気がついたセフィライズが、スノウを強く押した。彼女は大きく転げ、彼もまたスノウとは反対方向に飛び下がる。大剣を振り落とし、地面を叩きつけたデューンが目の前に現れた。
「逃げられると思ったのか、ああん? あんな魔術が使えるなんて、思っても見なかったなぁ」
重いその大剣を持ち上げ構えたデューンは、全身に打撲をうけ右目は開けないほどの怪我を追っていた。セフィライズが崩壊させた建物に巻き込まれたのであろう。半笑いだが目が完全に据わっているデューンは、すぐさまセフィライズに向け攻撃を仕掛けてくる。
その大剣を自身が持つ剣で受ける事もせず離れ、息を整えた。
「おらおら、ちょこちょこ逃げ回ってないで仕掛けてこいや!」
その重い獲物にしては動きが素早いが、しかしセフィライズからすれば大したことではない。デューンの相手をしながらスノウを確認すると、雨の中で立ちすくむ彼女。
「スノウ、なるべく離れて!」
抜け出してきた森の方から数人の黒衣の男達が現れる。それを確認したスノウは、思わず崖の方へと足をすすめた。すぐ近くに残骸の馬車。何度見てもそれは、奴隷として連れられていたあの馬車なのだ。
セフィライズはデューンと距離を取ると息を吐く。行動を、不能にさせなければならない。止めなければならない。握った剣の柄を強く握り、冷気を纏うその瞳で敵を捉える。デューンが振り上げてくる大剣の、その間合いの一歩先へ。
「はぁっ!」
デューンの懐へ飛び込み、その巨大な剣を持つ右腕を、下から強く切り上げた。丸太を叩き割る気持ちで振り上げた軌道が、隆々とした筋肉を切り裂き、骨を断絶させる。
「がぁああああ!」
デューンの体から離れた腕が宙を舞い、雨で泥だらけの地面へと落ちた。吹き出す血液が泥と混じり周囲へ広がっていく。その場に座り込んだデューンが、無くなった腕の根本を強く押えつけていた。
もう戦闘不能だろう。そう思ったセフィライズが素早くスノウの元へ向かおうとしたその時。
「チッ……このまま、終わりだと思うんじゃねぇぞ……」
左腕で落ちた大剣を拾い上げたデューンが、なりふり構わず走ってくる。セフィライズの方ではなく、スノウの方へ向かっているのに気が付き、焦った。
「スノウ!」
「うぉらあああ!!」
大剣が振り上げられる。彼女の元へ、セフィライズは走った。
ーーーー間に合え!!
彼女に向けて、振り下ろされようとする。その刹那。
セフィライズは飛び込むようにスノウの体を抱き締めた。
直後に背中へと深く走る激痛を感じ、そしてその先は。
崖だ。




