47.黒雨の古城編 奪う
泣いているスノウを見上げる。最後まで、本当は最後まで彼女を、せめて安全なところまで。そう思ってはいるけれど、もう動けないのだ。
「奪ってください……」
スノウは目を閉じ、胸に手を当てながら言った。
「わたしのマナを、奪ってください。できますよね? わたしはまだ動けます。だから、半分。奪ってほしい」
彼ならば、きっと使えるはずなのだ。そのような方法があるかは知らない。けれど、きっと。
「……一人で」
「嫌です。ずっと、回復されるまでここにいます!」
絶対に譲らない、いつもの目の色でセフィライズを見る。置いていける訳がない。永遠に、お別れという意味に等しいのだから。
「一緒に……お願い……」
離れないで……。
手の指を絡め、懇願するように祈りを捧げる。どうか、お願いですと繰り返して。
セフィライズは少し迷った。使えるか使えないかで言ったら、使える。奪う事で、確かに自身は回復するかもしれない。しかし彼女の半分だ。そして半減した彼女を連れて、二人で最後まで行けるだろうか。自身がここに残れば、おそらくスノウを追いかける事はしないだろう。一緒にいる方が危険なのだ。
それでも。
「……そばに、きて。手を握ってほしい……少し、痛い、かもしれない」
「大丈夫です」
スノウはセフィライズの手を握った。血で汚れた手を、強く。彼は困ったように笑っていた。
「あまり、使いたくない方法、だけれど……」
巻き込んだことを。スノウの細やかな幸せすら、守れない事を。自分と関わった事を。心から悔やむ。
「我は魔術の神イシズの血を受け継ぐ者なり。その血に宿りし禁忌を呼び起こし、その灯火を奪え。今この時、我こそが世界の中心」
セフィライズが言葉を紡ぎ始めると、繋いだスノウの手の先が次第に痺れ出した。そして最後に、雷が落ちたかと思う程強い痛みを感じ、スノウは思わず声を出してしまう。と、同時に恐ろしい疲労感が体を襲った。何もしていなのに、身体中から何かが無くなったのだ。息が上がり、胸元に手を当てる。
「ごめん……」
「いいえ、平気です」
平然を装って、スノウは笑顔を彼に向けた。体をゆっくり起こした彼もまた、完全に回復したわけではない。一人分のマナを、二人で分かち合っただけに過ぎないのだから。
「行こうか」
重い体を奮い立たせ、立ち上がる。座る彼女に手を伸ばした。
「はい」
スノウはその手を握り返す。大きくて、少し骨張っていて、色白の彼の手を。
彼が先導してくれながら通路を進んだ。離れないようにゆっくりと手を引いてもらいながら。遠くで何人かの人が動く音が聞こえ、セフィライズは足を止めた。スノウへと振り返る。
「どう、しましたか?」
小声でスノウは聞いた。彼が何を言いたいのか、わからなかったからだ。
「……おそらく、手は……抜けない。だから……」
この音の正体がリヒテンベルク魔導帝国であるなら、殺さなくてはならない。この状況で、息の根を止めず進むなど不可能に近い。制圧するだなんて、そんな曖昧な状態を保てる程余裕がないのだ。
「……わたしは」
彼の言いたい事を理解したその時。角を曲がって現れたのは、黒衣を着た集団だった。薄暗い中でもはっきりとわかるその姿を、スノウは見たことがある。村を襲い、彼女の母と祖母を殺し、無理やり腕をひいたあの集団と酷似しているのだ。胸が痛くなり、思わず恐怖が蘇ったせいか後退りしてしまった。
「いたぞ! 生きてる!」
「スノウはそこで、待っていて」
黒衣の男達がセフィライズとスノウに気が付き剣を抜いて走ってくる。スノウの手を離し、深く息を整えた。
ちらりとスノウを見る。命を奪う事に敏感な彼女の前で殺さなければならない。今までも、たくさんそうしてきたはずなのに。気にしているのは、恐らく殺すことへの罪悪感なんかじゃない。
隣に立つセフィライズの雰囲気が変わるのがわかった。冷気を感じる威圧と、今まで知らなかった痛い程の殺気。横顔から見えるその瞳には、冷酷な程の灯火が光っている。スノウは手を、伸ばそうとして、触れようとしてそれをやめた。祈る事しかできない。殺さないで、という言葉が酷く愚か者である気がしたのだ。
彼が走り出す。その惨劇を、しっかりとみなくてはいけない。目をそらしてはいけない。これはきっと、彼だけの罪じゃない。止められない、受け入れた自身の罪なのだと。胸元に手を当てて思う。
セフィライズは壁を使い、向かってくる黒衣の集団に向け高く飛び上がる。反応した男たちが剣を空中に向け突き上げた。それらを避け、一人の真後ろをとると腕をつかみあげ、簡単にその武器を奪う。重めの刀身を確認するように振り回し、その瞬間奪った男の心臓を突き刺した。吹き出す血を払い、死体となったそれを蹴り飛ばし剣から外す。
「悪いが、全員……」
よぎったのは、彼女の姿だ。それでも。
セフィライズは遠慮なく腕を振うと、その太刀は素早くその黒衣の男達の急所を突いた。首の頸動脈を的確に裂き、骨にまで達する程に足を薙ぎ払い、脇から心臓へと突き立てる。
殺さない方が、難しいのだ。
一瞬にして、目の前には血溜まり。その上に立つ彼と、黒い死体の山になった。その中から、今持っているものよりも持ちやすそうな剣を漁り拾い上げている彼を、スノウは真っ直ぐ見つめる。
振り返った彼は、スノウのその視線を見つめ返すことはできなかった。
ゆっくりと歩いてくる彼女が、その死体の山に頭を下げる。
「魂が、安寧に輪廻へと還る事を」
指をからめ祈りをささげる彼女。それを終えると、下を向いている彼に向け手を伸ばした。
「ごめんなさい」
肩で息をしている彼は、一瞬たりともスノウを見ない。自分がしてしまった事が、彼女を傷つけているのがわかっているから。
「……行こう」
「はい」




