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46.黒雨の古城編 禁忌



 スノウはネブラの拘束から解放され、強く背を押された。慌ててセフィライズのところへ駆け寄り膝をつく。顔をスノウの方へ向けた彼が、血色が悪くなった薄い唇を小さく動かした。


「……手、を……」


 血液で濡れた手を震えながら伸ばす。スノウが詠唱を紡ごうとするのを、止めるように強く握った。


「できる、だけ……大きな、声で……ゆっくり、、詠唱して……手を、離さないで……」


「……はい」


 か細く消え入りそうな声。彼の指示を聞いてしっかり頷いて微笑み返すと、ボロボロの彼もまた薄く笑ってくれた。


 もういいかな。ついさっき、そう思ったのに。スノウが近くに来た瞬間。まだだと思った。こんなところで、彼女一人置いて、逝くわけにはいかない。もうすでにほとんど動かす事のできない体。彼女を握っていない方の手を口元へ持ってくる。拳を握り、手の甲をくちびるに当てた。

 スノウは詠唱の言葉を、セフィライズに指示された通り大きな声でゆっくりと紡ぎ始める。彼の体内のマナを使わず、なるべく流出してしまった彼の血液を使うよう意識を集中させて。スノウのそれに合わせて、悟られないように小さくそして丁寧に、セフィライズも唱えた。


 永遠に、使う事などないだろうと思っていた。知っているだけの、その言葉。

 魔術の神イシズの血を引くものだけが使える、マナの穢れと世界の崩壊の引き金にもなり得る魔術を。


「我は魔術の神イシズの血を受け継ぐ者なり。その血に宿し禁忌を呼び起こし破壊という大罪を成せ……」


 スノウは彼の口元から小さく発せられる言葉が、今まで聞いたことがないものだと気が付いた。自身の詠唱を止めず彼の体に手を当てながら耳を傾ける。スノウが終わりの言葉を紡ごうとするその瞬間、彼の自嘲するような笑みが目に止まった。


「今この時、我こそが世界の中心なり」


 スノウが最後の詠唱を終えると、彼女の手に集まっていた光の粒子が弾け飛ぶ。その瞬間、セフィライズはスノウと繋いでいた手を強くひいた。体勢を崩したスノウの体を受け止め抱きしめる、と同時に唇に当てていた方の拳を高く振り上げ、床へ叩きつけた。


「今この時、我こそが世界の中心!!」


 その瞬間、全てが崩れた。


 強烈な閃光がセフィライズの手を中心に広がり、視界を真っ白に染め上げる。周りの全てがその起点から壊れ、崩壊に巻き込まれるように叫び声が聞こえた。








 石が互いに擦れ合いながら、崩れる音がこだまするように響いた。水溜りにポタポタと落ちる音すら反響している。

 長く使われていない地下通路。上の一部が崩落し、隙間から雨と共に外のうっすらとした明るさと、セフィライズが崩壊させた建物の瓦礫の山が雪崩のように広がっている。

 スノウは目を覚ました。体の上に乗る小さな破片が、起き上がる時にパラパラと落ちる。その音が遠くまで響いた。手が柔らかいものに当たり、それがすぐ横に仰向けで倒れている彼だとわかる。


「セフィライズさん……?」


「……怪我は、ない?」


 彼はうっすらと目を開けていた。しかし微動だにせずに視線だけをスノウに移す。


「はい。あの……」


「よかった……」


 心底安心したと言った表情をした彼が、疲れた笑顔を見せてくれる。スノウは起き上がり、彼の腹の辺りに触れてみた。ちゃんと傷は無くなっている。ほっと胸を撫で下ろした。


 よかった。あの時、死んでしまうと思った彼が。

 心から、今生きていることに。こうして会話をしている事に。


「死んで、しまうかと……思って……わたし……」


 安心からなのか、涙が溢れた。目の前で、生きている彼の手を再び握りしめて。何度も何度も、よかったと繰り返す。


「でも、もう……動けそうに、ない……」


 身体中から全てが無くなってしまった感覚。もう微動だにできそうにない。足りないのは血液だけではない。マナも、もうほとんど、残っていなのだ。


「だから、一人で行くんだ。おそらくすぐ、に……来るだろうから」


「置いて行けるわけ、ないじゃないですか! 一緒に、一緒に行きましょう!」


 セフィライズの手を引っ張り、必死に起き上がらせようとする。何度も何度も、起きてください! と声をかけるも、彼は虚しそうに笑うだけだった。


「一人で、行くんだ」


「嫌です。絶対に、嫌です!」


 何か彼にできることはないだろうか。失ったマナを、自身の治癒術では取り戻せない。必死に記憶をたどり、彼がマナを分け与える魔術を使っていた事を思い出した。

 使えるかどうかなんてわからない。言葉を思い出して、スノウは手をセフィライズへとかざす。


「我ら、世界を創造せし魔術の神イシズに祈りを捧げ、我の灯火であるマナを分け与えよ。今この時、我こそが世界の中心なり」


 しかし、何も起きなかった。再び同じ言葉を早口で繰り返すも、何も起きない。スノウはどうしてと泣きながら繰り返す。悔しくて悔しくて。

 セフィライズは震える彼女へ触れようと手を動かそうとするも、微動だにできなかった。


「嫌です。一緒に……言ったじゃないですか、白き大地まで、一緒に行くって。約束したじゃないですか。全部、話してくれるんですよね? わたしはまだ、まだ何も聞いていない。まだ何も、あなたに……」


 何もお返しできてないのです。ずっと、出会った時から。手を引かれてばかりで。












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