45.黒雨の古城編 回答
目の前で痛めつけられるセフィライズを見ていられなかった。スノウは彼の圧し殺すことのできないうめき声が聞こえる度に、胸が張り裂けそうなほど痛む。何度もやめて、と言い続けた。
死んでしまう。彼が、死んでしまう。
耐えきれず、腕を掴むネブラへと身を捩り睨みつけた。
「酷い、こんな酷いことをどうして!」
「酷いって。あれは人間じゃない」
「違う、セフィライズさんはッ」
「死体すらマナになるような生き物が、自分達と同じ人間とは思えないね。あれは人間の姿をした凝固したマナだよ」
心の底から、本当に彼の事を人だと認識していないのだとわかる。スノウは視線をニドヘルグに移した。無表情のままその残忍な行為を見つめ続けるだけの男。白き大地の民の虐殺を命じた張本人だろう。
「あなたたちの方が、人間じゃない」
許せなかった。こんなにも誰かを恨めしく思う事があるだろうかというぐらい。スノウは何もできない歯痒さと怒り、悔しくて辛くて下を向き肩を震わせた。
「そのへんにしときなって。まだ死なれたら困る」
ネブラの声にデューンは足をどけた。
「ぐっ……ゲホッ……」
仰向けで倒れていたセフィライズは、体を横にし脇腹を抱えるようにうずくまる。強く手で腹部を抑え、目を閉じたまま荒い呼吸を繰り返した。
「もうそろそろ答えとかねぇと、死ぬんじゃねぇか」
「……どう、せ……最後は、殺す、気、だろ……」
片腕で脇腹を抑えながら体を起こす。血を吐く程の咳を繰り返しながら、セフィライズは立ち上がった。
「殺せ、ば……いい……」
よろめきながらも再びはっきりとした目でニドヘルグを睨みつける。答える気はない。答えようがない。
『世界の中心』の事。白き大地の民の事、自分自身の事。この問いに答えるときはせめて、スノウにちゃんと面と向かって。全てを話すと決めた時だけにしたい。
「なるほどなるほど。そうですか。この手段は取りたくなかったのですが仕方ありませんね」
その言葉で、ネブラはナイフをくるりと回す。セフィライズが待て、と声を出すもそれはスノウの頬を掠めた。
「痛ッ……」
一筋の赤い線が彼女の頬に走り、浅い傷口から血が流れる。
スノウは瞬く間の出来事で理解できず、驚きのあまり目を見開いた。痛みを実感すると恐怖で体が震える。
「さて、これが最後の質問ですよ。『世界の中心』について、知っている事を全て、答えてもらいましょうか」
「くっ……」
薄ら笑いのネブラが、嬉しそうにナイフの腹の部分をスノウの頬に何度も押し当てる。
自分だけならば、と思っていた。しかしスノウを人質に取られてはもう。セフィライズは必死に言葉を探す。
答えるのか、答えないのか。
「……子供の、頃……父はよく、神殿に出入りしていた。何か、儀式だと言って。……まだ、幼かったからそれを、見たことはない。だから本当に……何も、知らない……」
スノウだけは、彼の苦しい言葉で綴られた答えが、嘘だとはっきりわかった。
あの時、彼から聞いた子供の頃の話と違うのだ。彼は父親とともに神殿の儀式に参加したと言っていたのだから。
「だから、私は殺してくれていい。スノウ、だけは……彼女は……人間、だから……」
下を向き、自身の血で汚れた手を強く握る。心から、自分はどうなってもいい。だから。スノウだけは。
「それが答え、ですか。残念ですよ」
そうニドヘルグが呟いた、その瞬間。
「いやぁっ! セフィライズさん!!」
何が起きたか、わからなかった。
スノウの叫び声と共に、視界が揺れる。体が崩れ落ち、気が付いたら床に再び倒れていた。腹を何かが抉ったのか、その箇所から大量の血液が溢れ出している。自然と強く押さえた。心臓の音がうるさい。血管がドクドクと音を鳴らしているかのように、耳のそばで聞こえるのだ。
「うっ……」
溢れる血液と共に、四肢に力が入らなくなっていく。顔を上げ、スノウを見た。
顔を歪ませ辛そうな表情で、大粒の涙を流すスノウが自身の名前を呼んでいる。それに答える事は、もうできそうにない。
ごめん、と口を動かす。スノウの耳に届く程の声はもう、出ない。
「我々は疑っているのですよ。セフィライズ・ファイン・オーデュリカ。白き大地の民の王には、一人目の子供から長く二人目が産まれなかった。そしてあなたが産まれたその年、何が起こったかご存知ですか?」
ニドヘルグが嬉しそうに語る。その質問の答えは、セフィライズにとって分かりきったものだった。
「壁ですよ。世界に壁ができた。そして王が『世界の中心』を手に入れたという噂が流れるようになった。奇妙だと思いませんか?」
偶然にしてはでき過ぎている、とニドヘルグは言いたいらしい。そして一つの確信を得て、彼は言葉を発した。
「あなたの、体の中に。『世界の中心』があるのではないかと、考えているのですよ』
その言葉に、セフィライズは笑う。
「好きに、調べたらいい……」
死んだ後、好きなだけ調べたらいい。身体中を切り裂いたところで、そんなものは出てこないのだから。
「スノウ、だけ、は……」
自分が死ねば、もうスノウには用事はないはずだ。薄れる意識の中、必死に手を伸ばす。彼女だけは、どうか助けてほしい。痛みが感覚として捉えられない程、もう頭は上手く動かなかった。
体が寒い。同時に、とても眠い。こんなところで、終わるのか。しかし不思議と思うのだ。
もう、いいかな。と……。
「ダメ、ダメです! セフィライズさん! お願いします、私は治癒術師です! まだ、まだ間に合うから!」
「ほぅ、あなたがあの欠損を治すという、アリスアイレス王国の治癒術師ですか」
ニドヘルグが面白そうな顔をした。再び大量の血の海の中にうずくまるセフィライズを見る。
「いいでしょう」
「いいんですか?」
「欠損が治せるというのが本当であれば、それにもまだ使い道があるでしょう」




