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41.洞窟のアジト編 心をこめて



 スノウは耳鳴りがしそうなほどの胸の鼓動に慌てた。盗み聞きするつもりなんてなかったのに、完全にこっそり聞いてしまっている。もう二人の会話を止めようと割って入る勇気すらない。

 それに、気になるのだ。聞いたことがない。彼が、セフィライズが。


 どう、思っているか。




 セフィライズは伏し目になり下を向いた。物悲しげな表情を浮かべた後、自らを嘲る薄い笑みを浮かべる。


「……すごいなと、思うよ」


「すごい?」


「彼女は、とても慈愛があると思う。目の前の困っている人を見過ごせない。だから」


 だからこんな自分にも、分け隔てなく接してくれている。そしてこんな自分の旅に、付き合ってくれている。それに対して感謝はすれど、それ以上の感情を言葉に出すのははばかられた。

 きっと、セフィライズと行動を共にしなければ、彼女の人生はもっと安全で幸福だったに違いないと強く思う。こんな事に巻き込まれる事も、大怪我を負う事もなかった。

 スノウを想うのならば、もっと。もっと早くに、遠ざけておくべきだった。今更そんな事を言ったところで手遅れなのだ。だから。


「尊重したい、と思う。心から、必ず」


 下を向いて、薄く笑いながらセフィライズは目を閉じる。胸の前に持ってきた手を、強く握りしめて。守ると心に誓った事を噛み締めるように。

 それを見て、ナツネはやっぱりな、と思った。口には出さない、それでももう、見たらわかる。


 心から、スノウを想っているのだ。それは、仕事上の関係で、ではない。

 人として、彼女を。



 ナツネはセフィライズに「愛してるんだね」と、言いそうになった。

 口を開こうとしたその刹那、大地が唸り声を上げているような地響きと共に激しく地面が揺れた。立っていられないほどの地震に、全員が思わず膝をつく。スノウが堪えきれず小さく悲鳴を上げた。


「スノウ?」


 セフィライズは出入り口の方に向け声をかける。揺れる地面を這いずるようにしてスノウが顔を覗かせた。いつからそこにいたのか、という一瞬の焦りを覚える。


「セフィライズさん、この揺れ……」


 この揺れは、あの時と同じだ。スノウは直感的にそう感じた。壁が荒れた、死の狂濤の後に起きたその出来事。突然黒い粒子を纏った巨人が這い出してきたかと思ったら目の前で崩れ落ち、そして地面をもの凄い速さで走っていた。あのタナトスの群れが現れた時と。


 しばらくして揺れが収まる。立ちあがったスノウがセフィライズとナツネのところまで歩いてきた。

 彼は考えるように顎に手を当て下を向く。視線を自然と右上の方に向け、顔をあげた。


「ナツネ、トロールの石像がある場所は、ここから近いか?」


 セフィライズからの突然の呼び捨てに、彼女はどきりとした。いたって平然を装いながらも、多少語尾がうわずりながら答える。


「このアジト、出てすぐ目の前の崖の下だよ。あんたが登ってきたところ」


「なるほど……外を、見てくる。スノウの事を、頼んでいいかな」


 これがもし、あのタナトスの群れが現れた時の地震と同じだとしたら、邪神ヨルムの祭壇に向かってくるはずだ。そして今、この国にはちょうどコカリコの町で対峙したデューンとネブラもいる。


「なんか、やばいならあたしも」


 ナツネはセフィライズの表情から何かを察し、声をかける。ついていこうと思ったが、すぐに彼が静止するように手を上げた。


「一人でいい。君の仲間に、外に出ないように指示を出して。黒い人間のような化け物がきたら、接触しないように気をつけてほしい。出入り口は私が出たら閉ざしてしまったほうがいい」


「セフィライズさん、わたしも」


「スノウは、ここにいる方が安全だと思う。だから、ここにいてほしい」


 手を伸ばし、セフィライズを呼び止める為に声を上げようとする。しかしナツネに何か武器を借りようと彼はスノウに背を向けた。


「ナツネ、何か借りてもいいかな」


「そんなないよ。ナイフぐらい」


「それでいい」


「セフィライズさん!」


 行ってしまいそうになる彼に、スノウは走り寄って服の裾を掴む。一人で、行かせたくなんかない。それでも、わかっている。ここに残って待つのが、正解な事ぐらい。


「すぐ、戻ってくる」


 スノウの手を引き剥がすように、彼は手を添えた。下を向いているスノウが、胸に手を当てている。


「でも……」


 すぐ、戻ってくる。きっとすぐ、戻ってきてくれる。それでも、あの時のあの怪我を見てしまったから。ギルバートを背負い、歩いて戻ってきた彼を。


「問題ないよ」


 心配性だなと彼は笑った。ナツネから手渡されたナイフを受け取ると、スノウに向き直る。下を向くスノウの耳元でそっと、囁いた。


「必ず、戻る」


 その言葉にスノウは顔をあげると、いつも見せる困ったような笑顔の彼がいた。









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