40.洞窟のアジト編 手合わせ
セフィライズはナツネとの手合わせを、油断はできないと思った。あの時、上からの奇襲だったにしても非常に素早く、そして打撃が重かった。素手での戦闘訓練なら、兄のシセルズと幾度となくした事がある。兄までとは行かないにしても、女性という事を考慮すると十分に強い。それに、ヤタ族独特の身のこなしのせいか先の攻撃が読みにくい。
手を抜くなんていう事はできない。しかしあまり女性相手に訓練をしたことがない。どのくらいまで、というのがわからないまま、目を閉じると息を深く吸った。
「じゃあ、いくよ!」
ナツネが声を発し、突進してくる。握られた拳が真っ直ぐに顔面へと飛んできた。それを手のひらで受け、払うように流す。しかし体制を崩す事なく、すぐに柔軟に腰を捻ると蹴りが飛んでくる。それを右腕で受け止め、押し返すように再び払った。
「軽々と受けやがって、むかつく!」
ナツネは今までこんなにも的確に、誰かに自身の攻撃を防がれたことがない。わかっていたけれど、こんなにも腹立たしいのかと思った。
「これでもどうだっ!」
一番得意としているのは回し蹴りだ。セフィライズの顔面を突き刺そうと爪先を飛ばす。しかしそこにいたはずの彼はいなかった。
セフィライズは受け流すのをやめ、後ろへ飛ぶ。手を地面に突き高く体を捻りながら離れた。
「うげっ!」
掠める、とかいうものではない。全く誰もいない空間を蹴り飛ばしている。
「避けてばっかりじゃなくて、仕掛けてこいよ」
ナツネは挑発するように指を動かす。しかしセフィライズが困惑したような表情をするので、首を傾げた。
「何? 女だからって舐めてんの?」
「いや……」
殴る、という行為に少し戸惑っているだけだった。戦闘ならば性別など意識はしないが、いざ模擬となると経験がないだけに妙に意識してしまう。しかも素手だからなおさら。剣ならばまだ。
「慣れて、ないから」
「手合わせなんていくらでもしたことあるだろ?」
セフィライズがまたもわかりやすく妙な顔をするものだから、ナツネは腹を抱えて笑った。
「あんたすげぇ、すぐ顔に出るの。わかりやすい。とっつき難いって思ってたけど」
なんだか案外本当に、普通だなんだ。ナツネはそう言おうと思ったが、先ほどから失言ばかりだからと抑えた。でも本当に、最初はなんだこいつと思ったのに、意外と本当に、本当に普通の人だ。親しみがあるかといえば別の話だけれども。自分達とは考え方も感じ方も違うのではないかと思うぐらいだったから。
スノウはなんとなく目が覚めた。今が何時なのかわからない。扉を開けて顔だけ覗かせてみると、床に自身の着ていた服が畳まれて置かれていた。よかった、こんな姿ではもう、彼に会えない。きっと失望したかもしれない。そう思うと胸が痛かった。
ヤタ族の露出の多い服を脱いで、いつもの服装へ。再び扉を開けて通路を歩いた。薄暗いが細やかな灯りで、なんとなく記憶を頼りに進むと前方に光が見えた。その場所に、セフィライズとナツネがいるのがうっすらと聞こえる声でわかる。話しかけよう、そう思った時だった。
「昨日も聞いたけどさ。あの子の事、セフィライズは好きなのか?」
ナツネのその言葉に、スノウは足を止めた。壁に背を当て、胸を抑える。心拍数が上がっていくのがわかった。何の話をしているのか。
「スノウ、か……」
「そうだよ。どうみたってスノウはあんたの事好きだろ。気がついてるんじゃないのか?」
「……それは、ない」
「どうしてそう思う」
どうしてと言われても。セフィライズは一瞬戸惑った。以前も似たような事を、あまり思い出したくない人物から言われた。その時と何も変わらない答えしかない。
「……誰にでも、平等に接するのが。彼女のいいところだ」
「ふーん……じゃあ、あんたはどうなの。好きなの?」
「何故そんな事を聞く?」
「あんたに惚れたって、言ったじゃん」
「……それは、どうも」
「お世辞じゃないってば」
ナツネが笑う。セフィライズの表情が、本当に困惑しているからだ。
「もしかして、誰かに好意を向けられた事ない?」
「……」
ないか、と言われたら。ある。しかしそれが、本当に好意なのか。好意に隠れた悪意なのかがわからない。こんな生まれだから、こんな見た目だから。ずっとそう思っていたから、素直に受け取れる訳もない。セフィライズは手のひらを見ると、幾度となく自身で切り付けた親指の付け根から手首あたりは、何度も再生を繰り返したせいか色が変わっていた。
これが、きっと現実だから。
「で、どうなのさ。スノウの事、どー思ってんの」




