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39.洞窟のアジト編 好きじゃなくても



「すみません。わたし……ただ鞄を、お渡ししたかったのです……」


 まるでそういう事をしてほしいと、言いにきたように見えただろうか。誘っているように、見えただろうか。スノウはなんて愚かしいのだろうと思った。そんなつもりはなかった。

 でもそれは、本当にそうかと聞かれたら。


 本当は少し、ほんの少しだけ。




 期待しました。ほんの少しだけ。

 したいと思いました。好きじゃなくてもいいから。


 欲しいと、思ってしまいました。




 セフィライズはスノウがどこか傷ついた表情を見せたのを、再び自分のせいだと思った。厳しい言葉を使ってしまっただろうか。冷たい態度をとってしまっただろうかと思う。

 でもこれ以上スノウを目の前にしていたら、気がおかしくなりそうだった。

 愛しいと思う人が。可愛らしいと思う彼女が。目の前でそういった姿をしていたら。好意を持つ男性なら誰だって。健全な思考なのではないかと思う。

 尊重したいと、心から思う。傷つけたくない、傷ついてほしくないと、心から願う。だから。


「じゃあ……おやすみ」


 これ以上、話をするのをやめた。今は一緒にいられない。

 手を引いて、無理やりにでも。傷つけてしまいそうになるから。


「はい」


 セフィライズは扉を閉め、壁に肩をつける。項垂れるように下を向いて、ずるずると崩れるように座り込んだ。額に手を当てながら、大きなため息をつく。

 あぁ、何考えてるんだ、と自嘲気味に笑って、部屋の端へと目をやった。今日はかなり寝付きが悪くなりそうだ。









 ノックの音で目が覚めた。窓がないから、朝か夜かわからない。ただとても、絶望的に寝た気がしなかった。

 セフィライズは頭を抱えながら目を覚まし、覇気のない声で返事をして扉を開ける。そこにはナツネが彼の服を持って立っていた。


「ほら、乾いたよ。おはよう」


「あぁ……おはよう」


「ひでぇ顔。寝れなかったのか」


 ナツネは寝起きのセフィライズがいたって人間っぽい事が面白くて笑ってしまった。


 最初に見た時、人間離れしてるなと思った。異質な色だから、肌も、目も、髪も。どうも同じとは思えない。ナツネ自身も褐色の肌だから人のことは言えないのかもしれない。ただセフィライズは、白き大地の民はそれ以上に一般の人間とは様相が違う。近しいものを感じない顔立ちと言うのだろうか。


「あんたって、意外と普通なんだな」


「君たちと、そんなに変わらない」


 何度目かわからないやりとりだなとセフィライズは思った。少し話すようになると、髪、目、肌の色に対して色々言われるのだ。その度に、他の人と対して変わらない、色が違うだけだと答える。

 その、色が違う、というのがとても重要な事なのはわかっている。けれど、このやりとりには正直飽き飽きしているのだ。


「髪伸ばしてんのはなんか理由あんのか。女みてぇじゃん」


「……」


 ナツネは彼の事を、顔立ちが整っているとは思う。整っているの意味が、一般的な人間とは少し意味合いが変わる()()()()()ではあるが。表現し難い、人種が違うというか、作り物のように見えると表現すべきなのだろうか。


「あ、ごめん。気を悪くした?」


「別に……」


 セフィライズは胸下まで伸びている髪を邪魔そうに後ろに流す。好きで伸ばしている訳ではない。でも説明するのも億劫だなと思った。


「なぁ、着替えたら朝練付き合ってよ。あたしの相手になる奴いないんだ」


 セフィライズは何の利益もないと即座に思った。断ろうと顔をあげるのと、ナツネが「じゃ、外で待ってるから着替えて出てこいよな」と言い、扉を閉めるのはほぼ同時。ため息しか出なかった。


 ヤタ族の民族衣装は露出が多くて、普段着ないだけに少し恥ずかしいところもあった。それから普段の服装に着替えられて心なしか安心る。長くアリスアイレスにいると、肌を露出する事なんてほとんどない。寒くてそんな事はできたものじゃないからだ。

 彼は着替え終わり扉を開けると、その横で立っているナツネが嬉しそうに笑った。


「よし、じゃあ行こう!」


 一言もやるとは答えていない。しかしセフィライズが何かを発するよりも前に行ってしまうから。利益もないが断る理由も特にない。黙ってナツネの後ろをついて歩くと、広い空間へと案内された。それが昨晩、夕食を取った場所だとわかる。


氷狼(フェンリル)さんは何が一番得意なんだ?」


「……セフィライズでいい」


 そう答えると、ナツネが両手を後ろに回しながら、また嬉しそうに笑う。短く揃えられた髪、頬は褐色でもわかるほどほんのり染まっている。何がそんなに喜ぶ事があるだろうかと思った。


「得意なものは特に……満遍なくは、やろうと思ってる」


 いつでもどんな時でも、何が起きるかわからないと思っていた。剣が常にある訳でもない。魔術がいつでも使える訳でもない。その時に応じた判断で、その瞬間に合わせた能力を使い分ける必要がある。


「あ、白き大地の民は、魔術が得意なんだっけ」


「……使える回数が違うぐらいで、できる範囲は変わらない」


 詠唱はしないといけないから時間は取られる。普段から使う訳でもない。というか、普段から使おうという意識がない。そのように育ったからなのか、そういうものだと認識しているからか。


「そんじゃ、あたしに合わせてもらって格闘術でいいよね」


 ナツネがセフィライズから離れ両手をかまえる。彼も黙ってため息をつき、両手を構えた。




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