38.洞窟のアジト編 好ましくない
ナツネの案内でスノウは部屋に戻る。セフィライズは食事の席で別れ際に、これからどうするのかを少し考える、と言っていた。最初の目的を終えて、結果的にどうしていくのか。きっと彼は今晩真剣に考えるのだろう。
しばらく部屋でぼーっと、先程のことを思い出していた。胸の鼓動が早くなる。体が熱くなっていく。抱くように手を動かし、横になった。
彼の特別になりたい。好きのその先が欲しい。
ふと、部屋に置かれた彼の鞄が視界に映った。それを見て、この中に彼にとって大切なものが入っている事を思い出す。スノウは鞄を抱きかかえ部屋をでた。薄暗い岩の廊下を歩きながら彼の部屋へ向かう。恐らくナツネが最初に彼を寝かせていた部屋だろう。
その場所まで来ると、木枠に木の板が雑にはめ込まれている扉の隙間から光が漏れている。軽く叩くと彼はすぐ扉を開けてくれた。
「……もう、夜遅い」
「ごめんなさい」
なんだかセフィライズが不機嫌に見えてどうしようかと思った。いつも柔らかく接してくれるから、素っ気ない態度がとても不安になる。嫌われたくない、怖い。そう思ってしまう。
せめて、好きになってくれなくてもいいから。
「寝るところでしたか?」
「いや、報告書を作っていた」
アリスアイレス王国にいるカイウス宛。スノウはどうやって送るのか気になった。それに気がついたセフィライズが、魔術でマナを鳥の形に具現化させ送る方法を説明してくれる。そんな事もできるのかとスノウは驚いた。
「それで、何か用かな」
「えっと、鞄を。今晩の分が、まだかなと思いまして」
「あぁ……じゃあ」
鞄を差し出すと彼が黙って受け取る。その後すぐにありがとう、と部屋へ戻ろうとするのを思わず引き留めてしまった。
「まだ何か?」
「その……怒って、いらっしゃいますか?」
先程とは全然違う。いや、いつもと全然違う。目を合わせようとしてくれない。言葉がそっけない。態度が、なんだか冷たく感じる。この一瞬で、一体何があったのだろうと思う程、とてつもない不安に駆られた。
「別に、怒ってはない」
「その、ではどうしてそんなに……」
夜に来たのが間違いだっただろうか。どうしてそんなに、いつもと違う態度で接するのだろうか。何か悪い事をしただろうか。失望されるような事を、してしまっただろうか。不安で胸に手を当てながら、セフィライズの顔を見上げた。
「……夜遅くに、そういう格好で男性のところにくるのは、あまり好ましくないと思う」
セフィライズは視線を逸らしながら言う。いつもしっかりと肌を隠す服を着ている。当たり前といえば当たり前だ。そもそもアリスアイレス王国はとても寒いのだから。彼女が着ているヤタ族の服が男女共に露出が多い。それが伝統衣装だからだ。頭では理解できている、だからこれは、その衣装を着ているだけだという事を。
スノウは来ている衣装を指摘され、自身の体を見る。肩にかけていたストールは部屋に置いてきてしまった為、まさしく最初に思った、下着じゃないかといったものの上に透ける布の服を着ているだけだ。布には確かに細やかに刺繍が施され、小さな装飾品が散りばめられている。本当にヤタ族の服の中では一番いい服を着ているのだと思う。けれども。
「ごめんなさい」
破廉恥な女だと思われ、幻滅されただろうか。隠すように胸元に手を添え口に指をつけた。顔が赤くなる。眉間に皺を寄せ、恥ずかしさを隠しきれず彼を見た。
「……きつい言い方をするつもりは、なかった」
ただとても、心配だった。ただそれだけだった。スノウは少し天然なところがあるから。自身以外の誰かに、ぼーっとして似たような格好で夜に出かけないだろうか。そうしたらきっと、危険な目に遭うかもしれない。
「そういう格好だと、好きでなくてもその気になってしまう。だから」
その姿で夜にうろうろするのは危ない。そう繋げようと思った。言葉が止まったのは、彼女がどこか、傷ついた表情をしたからだ。
好きでなくてもその気になってしまう。という言葉が、なぜかそこだけがとても印象深く心を抉ってしまった。
そうだ。男の人はその気になれば。例えば今着ているような姿で、誘えば。
いま、彼の事を誘ったら、彼は……手を、伸ばしてくるのだろうか。
たとえ好きじゃなくても。
好きじゃ、なくても。




