35.洞窟のアジト編 恥ずかしい
彼が何か憂うような表情を見せるから。スノウは心配になって手をつき少し近寄った。肩からずり落ちたストールに気がついたセフィライズが拾おうと手を伸ばす。と、その時。
「っ……」
今まで見たこともないような、表現しようもない服を着ているのを見て、彼は戸惑うと通り越して固まってしまう。スノウも慌ててストールを持ち、身に巻き付かせた。
「す、すみません。その……ヤタ族の、格式高い衣装とかで。洗濯して頂いてる間、お借りしたのです……」
ほとんど普段着る下着と変わらないぐらいしか布の部分がない胸当ての上に着る透けた布。スノウ自身恥ずかしいのだから、彼も驚くのは仕方ないと思う。
「ほーら、やっぱり男はこういう服好きだろ? 顔が赤いよ氷狼さん」
「うるさいッ」
ナツネが揶揄うようにセフィライズの肩をこづく。彼は悪態を突きながら彼女に背を向けた。スノウはなんだか、シセルズが弟をいじって遊んでいる姿を彷彿とさせ、懐かしくなる。口元に手を当てて、ほんの少し笑い声を漏らした。
「これはあたしのおねぇが結婚の時に着る服だったんだよ。次の日の朝までね。今日は同じ部屋で寝てくれてもいいんだよ」
「誰がっ……」
「ナツネさん!」
「えへへ、ちょっとからかいすぎた?」
流石にスノウも恥ずかしくなって声を出す。彼は顔を覆い隠しながら下を向いていた。髪の隙間から見える耳の端が、ほんのり赤くなっているから。きっと彼も、恥ずかしいのかなと思うと少しだけ、嬉しくなってしまった。
その後ナツネはすぐにセフィライズと打ち解けたようで、二人して何か話している。
これ食べる? 普段何してんの? 仕事とかどう? どうやって鍛えてんの? といった他愛のない質問に、彼もまた面倒臭そうではあるが普通に返事をしていた。
こんなふうに、セフィライズが別の他人と、しかも女性と打ち解けて話しているのを見ないものだから。なんだかとても複雑な気持ちになった。
自分とだけ、親しげに話してくれているものだと、思っていた。自分にだけ、笑いかけてくれているのだと思っていた。それが独占欲に近いものだと気がついて、とても恥ずかしくなる。
セフィライズは彼女の彼氏でもなんでもないのに。とんでもない事を、思って。そして傷ついている。なんて自分は、愚かなのだろうか。
「スノウ……」
スノウが落ち込んでいように見えたセフィライズが声をかける。顔をあげ、彼の顔を真っ直ぐ見れなかった。
「すみません。わたし……あ、あの。少し外の空気が吸いたくて。ここは、どうすれば外に出れますか?」
スノウは立ち上がり当たりを見渡す。洞穴の中のような雰囲気で、どこにも窓がない。
「でもいま夜だよ」
「一緒に行こう」
彼もまた立ち上がり、スノウの隣に立つ。戸惑うスノウの手をセフィライズが取った。
ーーーーああやっぱり。もうしっかり、お互いを大切に想ってるじゃん。
気さくに話しかけたら、ちょっとは会話してくれたから。打ち解けられたから。もしかしたらなんて、思ったけど。ナツネはうっすら笑う、それはやっぱり幻想だったと。
「そこからでて、すぐ左だよ」
「ありがとう」
二人はナツネの指示通りいくと、すぐに外に出た。入口ではなく、ベランダのように整えられた空間。開けた空はナツネが言った通りの夜。二つの月はちょうどとても近い位置にあり、強く光って見えた。星辰が夜空を飾り、美しい輝きを灯している。
スノウは端まで移動すると、足を外に放り出すようにして座った。その隣に、一人分の隙間を開けてセフィライズも座る。
「すみません、付き合わせてしまって」
「いや、気持ちが悪いのか」
「いいえ、違うんです……ごめんなさい」
いつもなら、一人で大丈夫です、と言うのだけれど。ついてくる彼を止めなかった。一緒に、いたかったから。
違う……ナツネと二人に、させたくなかったからだ。なんて醜いんだろうとスノウは顔を覆う。
「夜は、冷えるな」
体を抱くようにしてセフィライズが腕を動かすから、スノウは自分のストールを彼に渡そうとする。
「君が冷えるから」
「では、こうしましょう」
一人分開けた隙間を埋めるように体を動かして、セフィライズのすぐ隣に座る。ストールを膝に置き、彼の膝へと渡すように置いた。月明かりに照らされて、うっすら透けた衣服から、普段は見ることもない部分までスノウの素肌が透けている。まるで下着と変わらない部分しか、隠されていないのだ。いつもの服を着ていると気がつかない、思ってた以上にちゃんと、彼女が女性だという事を。
意識してしまうとまた顔が赤くなって、スノウの反対側へ顔を向けた。
「……その服は、すぐ着替えたほうがいい」
「そうですよね。格式高い衣装と言ってもちょっと、露出が……似合ってませんし」
「別に、似合ってない、わけじゃない。ただ……あまり大勢の前で、着ない方がいいと思う」
似合ってないわけじゃない。というのはつまり、似合っている、という事だ。スノウは驚いて彼の顔を覗くと、手で半分顔を隠している彼と目が合った。
「そう、ですね。こういう服は、その……好きな、人に……」
好きな人の前で着て。好きな人に見てもらいたい。好きな人の為に、頑張りたい。だからいま、その好きな人を目の前にして、本当はとても、とても嬉しい。
今まで幾度となく二人きりになったけれど、女性として意識されていると感じた事はなかった。人として尊重されているとは思うけれど、それ以上何もない。彼も普通の男性らしく、少しでも自身の事を、女性として意識してくれたかな。なんて、彼女は淡い期待を持った。
特別な人の前で、着るものだ。だからあなたの前で着れて、それはとても。
「どう、ですか?」
「どう、とは?」
「少しは、その……」
少しは、意識して、くれましたか?




