34.洞窟のアジト編 宴会
ナツネに連れられ広い部屋へと案内されると、すでに沢山のヤタ族の男性が織物を床に敷いて、食事の準備をしていた。木を大きくくり抜いて作られた器に盛られるフルーツ。見た事がない肉や魚の料理が同じ大皿に盛られ、円を描くように並べられている。スノウが入った瞬間、男性陣の妙な視線が痛かった。やはり絶対この服のせいだと思いながら敷物の上に座った。
ヤタ族の男性の服も、ナツネの服と同じく上半身は丈が短く腰回りが見えていた。パンツはゆったりとしたシルエットで、くるぶしのところで締められいるサルエルパンツだ。あの服の方がいいな、なんてスノウは思ってしまった。
「ヤタ族はみんなで食事をとる風習があるんだよ。一族みんな家族だからね」
周囲の男性陣も作業を終えると続々と座り出した。見渡すとナツネとスノウ以外女性がいない。本当に、殺されてしまったんだろうなと思った。
「ちなみにヤタ族は一夫多妻制なんだよね。一族の子供はみんなの子供。強い男が女を独占できる。弱いやつは労働に回るってわけよ」
世の中にはいろんな種族がいるのだなぁと感心しながら頷いた。でもスノウ自身は一夫多妻制は少し嫌だなと思ってしまった。それは愛する人が別の人と過ごすことを許容するという事だからだ。
「そうそうスノウ、実はさぁ。それ、結婚の時に着る服なんだよねぇ」
「えぇ!!」
だから男性陣の視線が痛かったのかとここでやっと理解する。恥ずかしくてストールを必死に巻きつけた。
「伝統ある服なんだよ。それさぁ、あたしのおねぇが着るはずだったんだぁ……」
お姉さんはもう死んでしまったという話を思い出す。ナツネは懐かしそうに遠くをみながら、スノウの服へと視線を落とした。
「おねぇもうすぐ結婚するはずだったのに、悔しいよ……」
あいつらさえ来なければ。今頃おねぇは結婚して、子供もいてたと思うんだぁ。と笑うナツネに、どう声をかければいいかわからなかった。そんな大切な服を着てもいいのかと戸惑う。だから他のヤタ族の服よりも、手の込んだ衣装だったのかと思った。
「スノウが着てくれて、嬉しい」
「わたしではなくナツネさんが着られた方が、お姉さんも喜ぶのではないでしょうか……」
「あーダメダメ。今のヤタ族の男にあたしに勝てる奴いないもん。一夫多妻制だって言ったじゃん。強い男が女を独り占めするんだから。あたしに勝てるやつじゃないと無理」
だから、いいなって思った。あんなに簡単に負けると思ってなかったから。でも……。出会うのがこの子より早かったら、少しは勝ち目あったかな。なんて。
ナツネは途中で考えるのをやめるように首を振った。
その時、一人のヤタ族の男性に連れられセフィライズが部屋に入ってきた。他のヤタ族の男性と同じ民族衣装を着ている彼は、普段は見せない肌を露出している。知ってはいたけれど、想像以上に白くて一瞬スノウ自身の肌と見比べてしまった。
スノウの隣に座った彼は、普段露出してない分恥ずかしそうに自身の腕を摩っている。しかしその隣にいるスノウも上半身はストールで隠れているものの、薄い布から生足が透けていた。
「すみません、この、こんな……」
こんな格好で、と言いそうになったが、それはナツネに失礼だ。こんな露出の多い姿で、本当に恥ずかしい。スノウは膝を立てて足をストールで覆い隠した。
「いや……ごめん」
どう反応すればいいかわからず、セフィライズは視線を下に落とす。その先にナツネが座っていた。
「はいはいとりあえず飯にしよーぜ! はい、お祈り!」
「「我らの神、闘神テュールの恵みに」」
ヤタ族が全員手の指の部分だけを密着させ、平の部分は離した状態で祈りを捧げる。指先を鼻先につけて頭を下げた。スノウはそれを見て、自身の食事の祈りをやめ、真似して言葉を発する。そのスノウを見て、彼もまた一緒に祈りを捧げた。
「ほらスノウ、これうまいから食ってみてよ」
「ありがとうございます」
木で作られた取り皿に、あれもこれもと乗せられたものをわたされる。受け取りながら、そっとセフィライズとの間に置いた。
「食べましょう?」
遠慮しているのか、何も手をつけていなかった彼をみた。露出された二の腕から先、白い肌の上に残る数カ所の傷跡。華奢な彼の引き締まった腰回りにも、生々しい跡が何箇所か見える。深く抉られているようなへその横にある腹の傷が気になって、気がついたら手を伸ばしていた。
「なっ……」
彼はいきなりへそ付近へと手を伸ばされ、後ずさるように体を動かす。
「ごめんなさい、その……痕が……」
「あぁ、これか……」
腹に触れるように手を動かしていた。しかしスノウはこの傷を、同じものをどこかで見た気がする。しっかりと、彼の裸を見たことはないというのに。
隙間から見える彼の素肌は、なんて痛々しいのだろうと思った。今までたくさん、痛い思いを、辛い思いを、してきたのだろう。
「これは、子供の頃に……」
ずっと昔だ。もう忘れるぐらい、遠い昔に。殺されそうになって、兄が助けにきてくれた時の、ことを。
「あの時、初めて……」
セフィライズはシセルズのことを、その時初めて、兄だと認識した事を思い出した。




