32.洞窟のアジト編 目的は
「セフィライズさん」
「スノウ……? よかった……」
目を覚ました彼が少し表情が硬いままうっすらと微笑んだ。手を震わしながら持ち上げるので、スノウはそれを包むように触れる。その瞬間ほんの少し、眉間に皺がよった。
「大丈夫ですか?」
「少し、痺れる……」
彼が困ったように笑うから、本当によかったと手を強く握る。それにまた痺れを感じたようで、スノウは慌てて手を離した。
「ごめんなさい」
それにまた彼が苦笑すると、それすらも少し痺れるのか息を飲むようにして咳をした。
その様子を後ろから見ていたナツネが不思議そうに首を傾げる。この二人を上司と部下だと思っていたが、これは恋人同士のそれと一緒だと感じたからだ。どこまで聞いていいのかわからない。
「えっと……」
ナツネが近づいてセフィライズの視界に入る。顔をこわばらせた彼が起きあがろうとするのを、スノウが止めた。
「大丈夫です、セフィライズさん。少しお話があります」
敵意を示す彼を諭すようにスノウが穏やかな声を発する。それで少し収まったようで、痺れる体を無理に起こしてナツネを見た。
「悪かったなと思ってる。詳しい話はあんたが回復してから」
「いや、今でいい」
「……わかった。あたしはナツネ。あんたの名前はその子から聞いたよ。有名なあの氷狼さんだろ?」
二つ名で呼ばれるのには少し抵抗がある。セフィライズは無言で受け流した。
ナツネが両手を合わせ、頭を下げながらスノウを性奴隷と間違えていたことを説明する。ただ助けたかっただけだと何度も頭を下げた。
「……それで、君はスノウを間違えてさらったと」
「ああ、あのザンベルは女を買って散々弄んだあと殺す。卑劣な男だ」
ナツネ曰く、この場所を根城としたのは一年にも満たないという。元々は別の場所で小さく暮らしていた。そこに黒衣の集団が現れ、女子供を連れ去っていったという。ナツネ自身は男性と間違われ唯一残った。連れ去られた姉の行方を探すため他の男たちと黒衣の集団を探し、どうやら裏で繋がっていると思われるザンベル辺境伯に辿り着いたのだ。
しかしナツネの姉の他に多くの連れ去られたヤタ族は死体となって山に打ち捨てられているのが発見される。その際に黒衣の集団が野ざらしの崩れた神殿に対して重要な扱いをするのを見て、この場所を根城にしたそうだ。再びあの集団と合間見える為に武力を整え、同時にザンベル辺境伯を探る。そのうちにザンベル辺境伯の人権を無視した非道な扱いに対して反感を覚え、計画を練っていたとの事だ。
「ちょうど次の女が犠牲になる前にと思って、たまたまその子だった」
スノウは指をさされ戸惑う。性奴隷に間違われたというのは、実のところほんの少しだけショックで、複雑な表情を浮かべた。
「それで、あんたらの目的はなんだったのさ」
「君には関係ない事だ」
「はぁ? こっちが懇切丁寧に説明したのに、なんだそれ」
「巻き込まれたのはこっちだ。説明する必要を感じないな」
ナツネはさっきまでのスノウとの会話を後ろで見ていたから、感じのいい奴かと思ったら全く違う。確かどこかで、人を寄せ付けない氷狼の名に相応しい冷たい男だと聞いたことを思い出した。
「態度変わりすぎだろ」
思わず本音が出てしまった。ナツネ自身どうしてそんな言葉を発してしまったのか戸惑う。首を振って、大きなため息をついた。
「あたしらが悪かったのは認める。礼はさせてもらうよ。スノウだっけ? とりあえずこっち」
「えっと……」
スノウはこのまま素直にナツネについていっていいものか戸惑う。彼もまた、体を起こした状態のままスノウの手をとった。まだナツネを信用していないといった目を向ける。
「んだよ。なんもしねーよ。ほら、女同士しか出来ないことがあるんだからさ。あんたならわかるだろ、ほら行くよスノウ」
スノウは腕を捕まれ引っ張られた。そのままずるずると部屋から出される。視界の端に心配そうな彼の姿が映った。
ナツネに引っ張られ、連れてこられたのはかなり奥の方だった。扉の手前には服が何着も収納された棚がある。開けると人工的に作られた洞穴の様相がなくなり、天然の洞窟の中に繋がっていた。目の前には川が流れている。
「とりあえず一緒に体でも洗って話そうよ。実は女はあたしだけで結構寂しかったんだよね。服はあたしらの着たらいいからさ」
剥ぐように手を伸ばしてくるものだから、どうしていいかわからない。脱がされるぐらいならとスノウは自ら服を脱いだ。ナツネも遠慮なく服を脱ぐと、その引き締まった女性とは思えない筋肉に驚く。褐色の肌がさらにその肉体を美しく魅せていた。
火山が近いからだろうか、足をつけると川はほんの少し生ぬい。スノウは体を洗い流し、髪も丁寧に洗う。そういえばこうしてしっかりと洗うのはいつぶりだろうか。
「スノウは、あの男と付き合ってんの?」
「ふぇえ?」
唐突な質問だ。しかしそういえば以前リシテアにも、同じような事を聞かれたのを思い出した。
「わ、わたしとセフィライズさんは、そ、の。お仕事で、上司と、部下であって。恋人では、なくてですね」
「なんだぁ、すっごい意識してんじゃん。バレバレ」
ナツネは声を出して笑う。だとしたらあのセフィライズの態度は、自分の部下を大切にしているだけだったのだろうか。
「向こうはどうなの?」
「そんな、セフィライズさんは……」
とても優しくしてくれる。とても丁寧に対応してくれる。それは、何故だろう。それは、仕事、だから……。




