31.洞窟のアジト編 洞窟
簡単な木枠に乾燥させた草を編んで作られたござが敷かれている。その台の上で、スノウは目を覚ました。暖色の光を放つランプ型の魔導人工物と、質素なテーブル。窓はなく、部屋というよりは土を削った洞穴のような場所だった。ゆっくりと起き上がり周囲を見渡す。胸元に手を当てると、セフィライズから貰った首飾りがないことに気がついた。
「えっ……」
慌てて周囲を探す。台の上、ござをめくって探してもない。首飾りが。
突然の出来事で混乱する中、胸元に青い石が確認できない、ただそれだけで涙が溢れた。一人きり、何が起きているかわからず心細くて仕方がない。止まらない涙を拭いて膝を抱えた、ちょうどその時に扉が開いた。
「あら、起きてたの」
飲み物を片手に現れたのは、特徴的な褐色の肌に黄色がかった焦げ茶の大きな瞳の女性だった。茶色というよりは少し色の薄い髪が褐色の肌にとても映えている。非常に露出の多い服を着ている。首元が大きく開き、女性らしい胸をさらけ出し、へそが丸見えでショートパンツから続く足は、とてもよく鍛え上げられていた。
「あたしはナツネ。あんたは?」
ナツネはスノウへ飲み物を渡しながら言った。
「えっと、スノウです。あの、ナツネさん。どうして、その……」
思い出そうとすると頭が痛い。確かザンベル辺境伯の屋敷でセフィライズを待っていた。突然の爆音。窓から放り投げられた火薬に気を取られた。そこまでは覚えている。
「あんたを助けたんだよ。危うくあのザンベルに殺されるところだっただろ?」
「え、ええ?」
この人は何の話をしているのだろうか、とスノウは首を傾げた。
「次に女が屋敷にやってきたら、絶対目の前で助けてやろうって決めてたんだ」
「そう、なんですね……」
「あんたもそんな髪と目の色だから、色々苦労しただろう? 性奴隷で捕まるなんて」
「性奴隷!?」
「何だ、違うのか?」
何の勘違いをされているのか、段々と見えてきた。スノウは呼吸を落ち着かせようと何度か空気を深く吸って吐く。目に少しだけ残っていた最後の涙を拭いて、ナツネを見た。
「わたしはアリスアイレス王国から来ました。第一王子親衛隊所属のセフィライズさんと一緒に、ザンベル辺境伯に面会をしていたところです」
「アリスアイレス……あの寒い国かぁ。ん? セフィライズってどっかで聞いたな」
ナツネはなんとなく話が見えてきた。つまりなんらかの理由でザンベル辺境伯に会っていた。仕事、だろうかと首を傾げる。
スノウはセフィライズがどこに行っても有名人なんだなと思い苦笑した。
「あの、白き大地の民の方です」
「あぁ! なんだっけ、氷狼だっけ。ああー……あの白き大地の民、あれが」
ナツネは自分の腕に多少自身があった。その辺の適当な男には負けないし、同族の中では今一番強い。その攻撃をいとも簡単に避けられ防がれた。正直、少し悔しかったのだ。だからあんなに強かったのかと、その理由がわかって納得する。
「セフィライズさんに、会われたのですか?」
「会ったって、いうかー……」
色々と間違えてしまった後ろめたさから、言葉を濁す。自分達が間違えて助けたスノウを追ってきたのがセフィライズだった事。それを知らないとはいえ戦いになり、あまつさえ毒針で動けない状態に捕まえてしまった事。それを聞きながら、スノウは顔が真っ青になった。
「ど、どちらにいらっしゃるのでしょうか」
「えっと、案内するよ」
ナツネの差し出した手をとり、スノウは立ち上がった。部屋から出ると薄暗く、ところどころに明かりがあるも洞穴のような作りで窓はどこにもない。しかし自然と空気が流れているのか、足元に冷たい風が流れた。しばらく進むと側面の扉の前にヤタ族の男性が立っていた。
「ナツネさん、お疲れ様です!」
「おつ! 中は、どう?」
「静かなもので。まだ効いてるみたいですね」
「ちょっと、この子と中に入るから」
ヤタ族の男は少し驚いた顔をしていたが、スノウが丁寧に会釈すると畏まって頭を下げた。扉の前から移動し、持っていた鍵を使って扉を開ける。ナツネが扉を開け、スノウが先に中へ入った。
彼女が横にさせられていた部屋とほぼ同じ作り。簡単な台の上にござが敷かれ、その上にセフィライズが寝かされていた。駆け寄って膝をつくと、首筋に手を当て脈と体温を確認する。異常がなさそうでホッとした。
「もう少しで麻痺が抜けると思うから」
ナツネが申し訳なさそうに頭をかいた。
「謝罪ってのもあれだけど、ほら。お互い詳しい話はまだだし、そいつ起きたら飯とか色々させてよ。ほんとごめん」
「いえ、ありがとうございます。大丈夫です」
冷静に考えれば、リヒテンベルグ魔導帝国に連れていかれた彼が無事に戻ってきている。そしてお互いほとんど何事もないのだから、よかったといえばよかったのかもしれない。スノウはなるべく前向きに捉えようと首を縦にふる。
「ん……」
会話で目が覚めたのか、セフィライズがゆっくりと瞼を開いた。




