30.洞窟のアジト編 ヤタ族
一瞬怯んだ残りの二人が、セフィライズ目がけてナイフを振り上げてくる。しかしあまりにも雑な動きは簡単に避ける事ができた。軽々と動き、相手の力を利用するようにして背後に周り込み簡単に首の後ろ払いのけるように強く打ち男達を制圧する。
最初にナイフを奪うために蹴り上げた男だけが、腰を抜かしながら後ずさっていた。ナイフをその男に向け、冷静に睨みつける。彼女はどこだと聞きたいが、この連中が連れ去ったとも限らない。何故攻撃を受けたかもわからない。
「白き大地の民がなんでこんなところにいるんだ。ザンベルの手下か?」
セフィライズが発言するよりも先に男が言葉を放った。その回答で、スノウを連れ去ったのはヤタ族である事がわかる。
「彼女は……連れ去った女性は、どこにいる」
男の表情から感情が昂っているのがわかった。視線を逸らし、口を開けようとした時。
「こっちだ!」
真上から目深にフードを被り、焦茶色のマントを翻したヤタ族が一人、飛び降りてきた。次の瞬間、目にも止まらぬ速さの蹴りが繰り出され、右手を的確に捉えナイフを飛ばされてしまう。そのまま次の素早い蹴りが入り、セフィライズが身を引くと鼻先を掠めた。
「おっと、避けられたのは初めてだよ!」
蹴りを咄嗟に避けた為に体勢を崩した彼に、さらに相手の追撃が入る。素早い蹴りを両腕を胸の前に持ち盾にして受け止めた。深く入る重い攻撃、耐える足に負荷がかかる。
その場から素早く離れようと手を使い高く跳び後ろへと下がった。しかし顔を上げた瞬間、目の前に相手の握り拳。首を振り咄嗟に避けるも、薙ぎ払われるようにして繰り出された拳打が彼の首に入る。
「ッ……!」
重すぎる一撃に一瞬意識が飛びそうになる。こんなにも素早く的確に重い打撃を繰り出すのは、自身の兄以外に知らない。よろめきながら体勢を整える時間すら与えられず、素早い拳による打撲が繰り出され続ける。セフィライズは腕を前にし受け流しながら、相手が繰り出す打撃の隙を見てしゃがみ、みぞおちに深く入り込み殴りつけた。
「ぐはっ!」
相手がよろめく。セフィライズは足を高く上げ、腰を回し蹴ると衝撃で倒れる相手のフードが外れた。
「きゃっ!」
甲高い叫び声と共に顕になったのは、ヤタ族の特徴的な黄色の強い大きな瞳、長いまつ毛と特徴的な褐色の肌にも負けない紅潮した頬の、女だった。
「え……女性……?」
男だと思っていた。こんなにも重い打撃を繰り返すものだから。ヤタ族独特の露出の多い衣服、胸元が大きく開いて、見えるそれはまごう事なき女性。
セフィライズは一瞬戸惑い動きを止めてしまった。その瞬間、彼の肩に細い矢が刺さる。飛んできた方向を見ると別のヤタ族の男が吹き矢を構えて笑っていた。肩に刺さる銀色の鋭い針を抜くと、目の前の女性もニヤッと笑う。
「っ……くッ……」
セフィライズの全身に雷が落ちたかと思う程の衝撃が走り、手足が震えた。四肢が痙攣するかのように痺れ、すぐに立っていられなくなる。膝をついて、崩れ落ちそうになる体を支えた。
「女だからって驚いてるからだよ」
クスクス笑いながら立ち上がるヤタ族の女性に見下ろされながら、必死に顔を上げる。
「ナツネ! そいつどうする?」
「三人やられたぞ」
数人のヤタ族が集まってきて、ナツネと呼ばれたその女の隣に立った。
「白き大地の民なんて初めて見たよ」
「んー……とりあえず連れて行こう。どうせしばらくは動けない」
ヤタ族の男が手を伸ばす、それをセフィライズは気力で払い除けた。
「やるじゃん。まだ動けるの」
「何、がっ……目的、なんだ……」
スノウをさらう理由が見えない。白き大地の民である自身を捕まえる目的でもなさそうだ。なら何故こんな事をする必要があるのか。気力だけで耐えていたが、体は地面に崩れ落ちる。目の前に火花が散っているのではないかというぐらい、視界が点滅しているように感じた。手を動かそうにも、小刻みに震えて思い通りにはできない。
ヤタ族が何か言葉を発したようだが、耳の中で変に反響して聞き取れなかった。感覚が全て明滅しているかのように鈍くなっていく。
「ス、ノウ……」
ごめん。約束を、いつも。守れなくて。
いつも君を……守れなくて。




