29.洞窟のアジト編 誘拐
セフィライズは爆破音と煙に彼らが怯んだ瞬間、素早く走り出しその部屋をでた。大声でデューンが「逃げられた!」と叫んでいるのが聞こえる。走りながらスノウの待つ二階へと上がった。まだ小さな爆発音が何度か聞こえる。これが何かわからないが、この屋敷から彼女を連れ出し安全を確保するには今しかない。
扉を強い勢いで開け放つと、目の前に飛び込んできたのは、衝撃の光景だった。今まさに、気を失っているスノウを担いだ得体の知れない人物が、二階の窓から飛び降りようとしているところだったからだ。
「スノウ!」
彼女の名前を呼びながら走る。捕まえようとするよりも早く、その人物がニヤッと笑って飛び降りた。あと一歩、手が届かずに着地した人間が馬にまたがり、スノウを荷物のようにして連れ去ってしまう。針葉樹の森の中へと、姿が消えていった。
連れ去られた、という事実に衝撃をうけ、一瞬頭が真っ白になる。部屋の隅でガタガタと腰を抜かしているザンベルに目もくれず、セフィライズは追うように窓から飛び降りた。
どうしてスノウを連れていく必要があるのかわからない。気がついたら爆音がなくなっている。これはスノウをさらう事が目的だったのだろうか。何故彼女がこの屋敷にいる事がわかったのだろう。この場所に来ることを事前に連絡していたわけではない。理由も、目的も、全く読めない。
ただ彼女がさらわれたのは事実だ。セフィライズはそびえ立つ山脈を覆うように続く針葉樹をかき分けて進む。すぐに行方がわからなくなってしまった。地面に耳をつけ、動く音を聞くも何も情報が得られない。この森の中、どちらへ進んだかわからなくては。
「くそっ!」
すぐそばの木の幹を殴り、悔しそうに膝に手をつく。多くの事が一度に起きすぎて、思考が追いついていない。冷静になろうと深い呼吸を繰り返した。
闇雲に走ったところで意味はないとわかっている。それでも、連れ去られた彼女の身が心配で仕方がない。再び山を上ように走った。馬が走りやすいであろう道を選んでいるはず。ならばおそらくこのまま進んだのであろう。
しばらく登ると目の前に青く光るものが落ちていた。それは彼女に贈った首飾りだ。土で汚れたそれを拾い上げた。
「スノウ……」
眉間にシワをよせ、青い石を見つめる。強く握りしめ、ポケットにしまった。方向はあっていそうだと確信し進むとすぐ視界が開け、目の前に飛び込んできたのは崩れた神殿。
絶壁に描かれた壁画と祭壇。コカリコの町にあった邪神ヨルムの祭壇の壁画と酷似しているが、ここのものは野晒しだったせいかほとんどが崩れ落ち、雰囲気しか残っていない。その神殿の真ん中には、周りの崩れ方から見てもあり得ない程に綺麗に残ったトロールの石像があった。
リヒテンベルク魔導帝国の奴らがなぜ、この場所にいたのか。それはこの祭壇の場所が、わかっていたからだろうか。ゆっくりと壁画に近づきながら当たりを見渡す。まだ、封印は解かれていないのだろう。その石像が証明している。おそらくだが、なんらかの条件で石像が動き出し襲ってくる。それを排除すれば解かれるのではないと憶測されるからだ。
しかし、ザンベル辺境伯と繋がっていたのなら、とっくの昔にこの場所に気がついていたはず。どうして今まで手出しをしなかったのか。後回しに、する理由が……。ザンベル辺境伯と繋がっているからこそ、後回しにされていた、のだろうか。
その瞬間、殺気を感じセフィライズは後ろへと飛び避けた。すぐ自身がいた場所に弓矢が射抜かれ大地に刺さっている。止まらず走り抜け、木陰へと隠れた。剥き出しの神殿の崖の上に、何人か弓を持つ人が見える。
「どこいった?」
「わかんねぇ。隠れられた」
セフィライズは目を凝らすとその人物は、ヤタ族と呼ばれる少数民族なのがわかった。特徴的な褐色の肌。黄色味の強い焦げ茶の目。色が抜けたかのような黄土色の髪。
ヤタ族の男達がいるあの崖の上を、勢いをつければ登り切れるか。崩れた神殿の柱を何本か確認し、それを足場にすれば一番上まで手が届くかもしれない。目測をつけ終わり、セフィライズは木陰から飛び出した。
「白き大地の民だ!」
彼の髪色を見て気がついたヤタ族の男がセフィライズ目がけて矢を放ってくる。怯む事なく避けて進み、崩れた手前の柱に飛び乗った。腕を使い、いつもの身軽な跳躍を使って大きく次の足場へと飛ぶ。
「速ぇ!」
あまりの身軽さに矢は何度も既に彼がいなくなってしまった場所に当たっていた。長い銀髪が白い残像を残し、一番最後に手を伸ばす。強く体を引き上げ、回転するようにヤタ族の男達の前へと立った。
「やっべ!」
目の前に三人はいたヤタ族の男全員が、手に持っていた弓を片付けてナイフを取り出そうとする。それよりも早く手前の男をセフィライズが蹴り上げ、落ちたナイフを拾った。




