27.辺境伯屋敷編 訪問者
門番に近づく前に彼は髪の色を戻した。そのまま行こうとするセフィライズを呼び止め、スノウ自身の髪色も戻してもらう。彼は少しだけ渋っていた。
門番は突然目の前に現れた白き大地の民に困惑している様子だった。彼が身分証と名前を明かすと顔色が変わる。セフィライズはその様子に違和感をおぼえた。なんだかとても、慌てているのだ。
確認をとり戻ってきた門番が扉を開けた。面会が許され、屋敷の中に赴く。途中出迎えの使用人が歩いて来て丁寧な挨拶をしてくれた。
「ザンベル様はちょうど先ほど戻られたところです。少しだけお待ち頂けますでしょうか」
唐突な訪問の割に、むしろ歓迎されているような印象を受けた。部屋に案内され、しばらくの間その場で待つ。スノウはソファーに腰掛けて、当たりを見渡した。国が違えば室内の調度品や雰囲気も変わる。しかし、光を多く取り入れたとても美しい室内なのだが、ルードリヒの屋敷を思い出してほんの少し怖くなった。
腕や足に、傷跡が生々しく残っている。服を着替える時にみると、もう治っているのに痛く感じてしまうのだ。
「お待たせしました」
室内に入ってきたのはセフィライズよりも長身で、長い黒髪の男性、ザンベル辺境伯だった。垂れ気味の瞳も黒く、厚い唇の横にはほくろがある。黒髪に合わせた黒を基調とした繊細な服を見に纏い、手足が妙に長く感じる。
セフィライズはすぐに立ち上がり、敬礼をとって頭を下げる。幾度と聞いた彼の挨拶の最後には、突然の訪問と自身の身なりに対する謝罪を述べていた。スノウはその横で、確かにアリスアイレス王国の制服でもなければ綺麗な服装でもない、一般的な旅人の軽装を見る。
スノウはよくこんな状態で通してくれたなと思った。その瞬間何か嫌な予感がしたのだ。横に立つ彼の表情を見て、きっとこれはセフィライズも感じている事なのがすぐにわかった。
「わざわざアリスアイレス王国からお越し頂きまして、ありがとうございます。お名前は、何度か聞いております。ぜひお会いしてみたかったのですよ」
ザンベルは含んだ笑みのまま立っている。座る事を促されるまで座らないと教えられているから、スノウもセフィライズの隣で立ったまま彼らのやりとりをみた。
「隣の方は、どなたでしょうか」
「あ、し、失礼しました。スノウと申します」
しまった。身分の提示を忘れたと思ったが遅かった。セフィライズが口を開いてスノウの説明をするよりも早く、ザンベルが口を開く。
「あなたの従者か奴隷ですか? とても綺麗な髪色ですね。実は最近、女を処分してしまって屋敷には今いないのですよ」
ザンベルから向けられる視線に、覚えがあった。これは、女性をモノとしてみている目だ。価値があるかどうかを、見られている。わかった瞬間、襲われた時の事を思い出して胸に手をあて目を閉じてしまった。
「部下です」
今ちょうど手頃の女がいない。気に入った。という言葉の印象を受けたセフィライズは、無表情を崩さないようになるべく素早く話した。
「それは残念」
スノウは全身を確認するように視線を動かされ、身の毛がよだつ感覚を覚えた。少しだけ、セフィライズの方に近づく。
「ザンベル辺境伯にこちらの品について、覚えがないか聞きたいと思って参りました」
雑談に興じる必要性を感じなかった。むしろこのような無神経な男に時間を費やしたくなった。セフィライズはスノウに持たせていた鞄から素早く、既に中が空っぽになった小瓶を取り出して見せる。ザンベルの眉がピクリと動いたのがわかった。
「なるほど……」
口元に手をあて含み笑いを浮かべているザンベルが、声を出そうとした。その時、また扉が開いた。
「なるほどなぁ。あんたの狙いはこっちか。氷狼さん」
入ってきたのは街で先ほど遭遇したデューンだった。その後ろからネブラが入ってくる。そしてその後ろから入ってきたのは。
「いやぁ、また会いましたね。セフィライズ、という名前でしたか?」
灰色がかった肌に骨張った細い指、異質にコケた頬と飛び出したような眼球をしている、背の低い黒髪の男。リヒテンベルク魔導帝国宰相、ニドヘルグだ。
衝撃で目を見開き、咄嗟にスノウを庇うよう身構えた。そして頭の中で全てが一瞬にしてつながる。
邪神ヨルムを復活させていたのは、この男の指示。つまり背後にいたのはリヒテンベルグ魔導帝国。そしておそらくはあの小瓶も、全て。
何も違和感がない。彼らは世界から不足するマナを補うという大義名分のもと、白き大地を蹂躙した。それだけでは飽き足らず、他の少数民族を弾圧し、小国を侵略している。自国の繁栄の為、生き残りの為に手段を選んでいない。




