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26.辺境伯屋敷編 目的



 彼があまり食べず、しかし二人で取り分けて食べるようにと頼んだものだから量が多い。スノウは残しては命を粗末にするからと、必死に食べ切った。お腹いっぱいになって、少し苦しくなってしまう。

 スノウは斜めがけにした彼の鞄をテーブルの上に置いて口を開ける。彼がそれに手をいれ、中から財布を取り出した。


「わたしが払ってきますね」


「座ってるといい。まだ少し苦しいんじゃないのか」


 彼が苦笑しながら立ち上がる。確かにお腹はぽっこりとなっていて、恥ずかしくて抱えるように手を当てた。

 食事を終えて外に出ると、海風と共に太陽が眩しい。スノウはこの後どうするのかと思い、彼に話しかけようとした。隣で考えるように手を顎に当てているのを見て、声をかけるのをやめる。きっと、先ほど遭遇したデューンとネブラについて考え始めたのだろう。


「スノウ……もう、大丈夫か?」


 その大丈夫、とはおそらくお腹いっぱいで苦しくないか。という意味ではないことがわかった。怖い思いをして、少し心の休息が必要ではないのか、という意図だと思ったスノウが首を振る。


「はい、お気遣いありがとうございます」


「……もう少し、日をあけたかったのだけど。今から、ザンベル辺境伯に会いに行こうと思う。ただ……」


 ただ、どのような人物か詳しく知らないが、おそらくあまりいい気持ちにはなれない人だろうというのは、彼からは容易に想像できた。ベルゼリア公国は元々差別意識が強い。髪色を戻し、名乗ったとしても。今は茶色だがスノウは物珍しい金髪だ。元の色に戻さなかったとしても、とても可愛い女性だと思う。そこまで考えて、目を見開いた。


 可愛い、というそんな言葉を。

 隣に立つ小柄な彼女がにっこりと微笑み返す。


「どうしましたか?」


「いや……」


 顔が赤くなるのを隠そうと、彼が下を向いて手を広げ額に触れる。スノウはその仕草を見て、気分が悪いのかと思った。


「大丈夫ですか?」


「問題ない……」


 昨晩の事を思い出すと、なんだが調子が狂う。恥ずかしくて、別の意味で顔が赤くなった。


「ザンベル辺境伯は、あまり、君にとっていい思いをしないかもしれない」


「ふふっ、大丈夫です。セフィライズさんが隣にいてくださりますから」


 守るという言葉を、彼は幾度も繰り返して伝えてくれている。何もできないのに、とても気を使ってくれているから。せめて少しでも、彼のお荷物にならないようにと思う。


 一歩、前に出た彼が振り返った。茶色の髪が海風になびいている。それを邪魔そうに触り、スノウに手を差し出した。


「じゃあ、行こうか」


「はい」


 本当は、もう少し日付をあけてからのつもりだった。ただすれ違ったデューンとネブラの事が気がかりで、先を急ぎたくなってしまったのだ。

 タナトス化した人間が、壁から出てきたあの生き物と酷似している事。その時にいたのがあの二人である事。小瓶の大元を突き止めようと来た矢先に遭遇すれば関係性があると、誰だって想像がつくことだ。


 港から坂を登り石畳の道を歩く。ザンベル辺境伯の屋敷は、その坂を越えさらに広大な田畑を抜けた先にある。スノウはセフィライズの隣を歩きながら、その横顔を見上げた。


「あの……」


 声をかけるとすぐ視線を向けてくれる彼が、いつものように少し緩んだ表情をしてくれる。


「いえ、ごめんなさい」


 何か伝えたい事があったわけではなかった。ただちょっと、呼びたくなってしまっただけだ。目を見て、その顔をちゃんと、見たくなってしまっただけ。

 スノウは昨晩のことをほんの少しだけ思い出した。思えば彼はいつも辛そうにしていたのに。それを辛そう、だと理解していなかった。多くの人から見ればそれは、ただつまらなそうにして、興味なさそうにして、遠慮しているように見えるのかもしれない。きっと彼の心の近くまでいけたから、やっと理解できたのだと思う。

 いつもは博識で、しっかりしていて、大人の男性で、とても素敵だと思っていたのに。その時の彼は。


「ふふっ」


 スノウが口元に手を当てて小さな笑い声を漏らす。セフィライズは不思議そうに彼女を見た。


「ごめんなさい。可愛いなと、思いまして」


「可愛い……?」


 セフィライズは周囲を見渡してみた。のどかな田園風景の中に労働者が何人か働いているだけだ。すぐ目の前の一本道の先に、既にザンベル辺境伯の屋敷が見えている。その後ろは針葉樹の森とそびえ立つ絶壁のような山脈だ。空も壁が多少近いためにその独特な揺らぎの端を捉えているぐらいで、特段変わったところもなく。何か可愛いものがあったかと探すも見当たらない。


「はい、とても可愛らしくて」


 長く接していてもどこか人間ではない雰囲気があったのはきっと、必死に自分を繕っていたからなのだろうか。それとも鎧を着込んで自分を隠していたからだろうか。剥き出しの心は、年上の男性でも、こんなにも可愛らしいのだと思った。








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