表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
218/384

21. 海辺の街編 彼の過去



 スノウの話を聞きながら、セフィライズは目を閉じる。癒しの力を持つ娘が、次の闇のオークションに出品される。その情報を兄であるシセルズが持ってきた時から、色々と調べた。だから、ほとんどは知っている事だ。彼女達が、種族として根絶に近い状態であったことも。村々を転々としていたことも。

 知っていてもなお彼女の口から直接語られると、その状況でよく、人を慈しむ心を忘れずに今があるな、と思う。反省の言葉を述べ、未来への展望を語ろうとする。人を、思いやる気持ちを込めて。


「その……ありがとうございました」


 話してしまうとすっきりするものだなと、スノウは思った。1人分空いた、同じベッドの上に座っている彼と目が合う。膝を抱えたまま、顔にかかる長い銀髪を邪魔そうに避けた。


「じゃあ、その……セフィライズさんの話を、聞いてもいいですか?」


「あまり、面白い話ではないよ」


「知りたいんです。わたし、セフィライズさんの事」


 ほんの少しだけ、スノウは距離を詰めた。彼の伏し目がちな目を真っ直ぐに見つめる。

 心の近くに行けるだろうかと思って、また彼の近くへ、もう少し、もう少しだけ寄った。


「じゃあ……君と同じ、子供の頃の、話を……」


 柔らかなランプの光に照らされて、彼は微笑みながらスノウを見た。

 懐かしむというよりも、とても辛そうな瞳で。ゆっくりと、重たい口を開く。






 子供の頃、と言っても。

 あまり記憶になくて。物心ついた時には、既に……閉じ込められた世界から、衝撃を与えられているような。感覚が、鈍くて。目で見ているものとか、聞こえているものとか、感じるものとかが、全部なんていうか。

 とても説明が難しいけど。本当に、そこに生きているって、思えなかった。


 父はよく怒る人だった。ちょっとした事で、酷く殴られ、罵声を浴びせられる事も多かった。決まった日に、儀式だと言って神殿に呼ばれ、多くの人の前で血を流す事を強要される。

 ナイフを向けられても、何も感じなかった。まるで、他人事のように、記憶だけが残ってる。その時のことを、兄さんはよく、生きた人形に見えたって、言うから。多分そんな感じだったんじゃないかと、思う。


 ただ漠然と、毎日を過ごし。そしてずっと、どうして生きているのだろうと、思っていた。どうして、いまここに、いるのだろうと。


 リヒテンベルクが侵略してきた時は、ちょうど儀式の日で神殿にいた。座らされて、ただその時を待っていたから。慌ただしくなって、火の手がまわって……。

 血だらけの父が走ってきて首を締め、地面に叩きつけられた。お前なんて作らなければよかったと、ナイフを向けられ。

 その時、ああやっと終われると思ったら、気がついたら兄さんが手をひいてくれていた。あとはあまり、覚えてない。


 当時、兄さんがいるとは、全く知らなくて。手を引いた人が自分の兄だと知ったのは、いつだったかな。だからいま、どうしてあの人はあんなにも、自分を気にかけてくれているかがわからない。

 何か、きっかけになるようなことも、無かった気がする。


 兄さんが、色々なことを教えてくれて。段々と、感覚がはっきりとしてくると、話したりとかするようになって。しゃべろうとか、あまり考えたことなかったから。

 それでも、どうして生きているのだろうとは、ずっと思っていた。どこに行っても、誰と会っても、人間……として扱われる事はほとんどない。物珍しくて、金になる、材料だと。自分自身、そう思う。ずっと、ずっと子供の頃から……そういう扱いしか、受けてこなかったものだから。


 どうして生きてるのだろう。どうして、終われないんだろう。いつ死ぬのだろうと、ずっと……。



「でも、最近は……」


 膝を抱えた手を解き、足を崩す。スノウの方え体を傾けるように手をついた。彼女の髪がすぐ肩先へとあたる。


「少し、だけ……生きているのが、楽しい、と……思う事が、増えたよ」


 そう言って、彼が笑う。それはいつも見る、どこか切なさを含んだ笑顔ではない。暖かくて、優しくて、心に光が灯るような、そんな表情だ。


「それは、とても……よかったです」


 スシセルズから聞いていた。だからスノウも知っていたのだ。あまり驚きはしなかったけれど、いつもどこか、儚げで、消えてなくなりそうな雰囲気を纏っていたのは、きっと本人が、ずっとずっとそう……どうして生きているのだろうと、思っていたから。その事実にとても驚いたと同時に、今は……今は少し楽しい、という彼がいる事が、嬉しかった。


「……君が、いるから」


「え?」


「君が、……ありがとう」


 スノウは顔を上げると、目の前には彼がいた。1人分空いていたはずの距離は既になく、体を支える互いの手は、あとほんの少し動かせば、触れれる距離にある。



 いつでも、その時が来たら。いつでも。

 終わる覚悟があったというのに。いつの間にか、まだ少し抗いたいと……思っている。

 それはきっと。


 もう少し生きていたいと思わせる未来が、あるから。




 











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ