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20. 海辺の街編 彼女の過去




 セフィライズは荷車を引いていた馬を解き放つと、スノウをその上へと乗せた。セフィライズが手綱をひいて歩く。荷物はスノウが斜めがけにして持っていた彼の鞄一つだけ。宿場町アベルに到着する頃には、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。

 セフィライズは適当な宿に入り手続きを終える。震えは止まったがまだどこか虚な表情のスノウ。体を触らないように部屋へ案内した。ベッドの淵に座った彼女は、まだ下を向いたまま体を抱いている。

 どう声をかけていいかわからなかった。


「後で何か、食べ物を持ってくるから」


 そう言って部屋を出ようとする、セフィライズの手をスノウが掴んだ。


「ぁ、あ……わ、たし……ごめ、ごめんなさい。背中、怪我を……」


 そういえばと、セフィライズは背中を見るように首を動かす。右腕の動きが鈍かったのはこれのせいだったのかと思った。痛みの感じ方が鈍くて気が付かなかった。


「いいよ。忘れていたから。そのうち治る」


「ダメです、ちゃんと」


 スノウはセフィライズの背に手を伸ばそうとした。それを遮ろうとした彼の手が当たりそうになると、咄嗟に身を引いてしまう。右手を抱えるように、一歩下がった。


「……少し休んだ方がいい」


「いいえ、大丈夫です。治療して、それで……」


「まだ、時間はあるから。数日はゆっくり」


「もう、平気です!」


 彼女が強がっているのがわかった。こういう時、どうするのが正解かわからない。時間が解決してくれるのかもしれないし、何か方法があるのかもしれない。


 セフィライズはスノウが抱えるように胸に寄せている右手を掴む。強く引いて、彼女を部屋の隅へと追い詰め、そのまま片腕を壁についた。覆いかぶさるように彼女を見下ろす。掴んでいた手を離して、スノウの顎に手をあて上に向けさせた。


「い、いやっ!」


 スノウが驚く表情をするのも束の間、すぐに身を縮めて手を突き出し、思いきりセフィライズの胸を突き飛ばす。それで彼は素直に離れた。


「……まだ、平気じゃない、だろう?」


 彼が苦笑している。スノウは今の行動が、わざとだったのを理解した。セフィライズが黙って出て行こうとする。その服の裾を掴んで引き止めた。


「……ごめんなさい」


「無理は、しなくていい」


「……ひとりも、怖いんです」


 セフィライズの服の裾を掴んだまま下を向き、再び胸に手を寄せている。彼は動けないまま、どうしたらいいかわからず困った。しばらくの沈黙ののち、顔をあげる。


「なら、少し……話そうか。あまり、面白くないかもしれないけど」


 そう言って、彼は自身の髪に触れると、茶色からゆっくり銀色に戻った。瞳もまた、透き通る色に変わり、はっきりと黒い瞳孔が浮いている。

 セフィライズはスノウの髪へも手を伸ばした。やはり一瞬身を引いていたが、彼女の体に触れないように毛先だけを撫でる。茶色から柔らかな金髪へと変わった。

 何故か、ありのままの姿のほうがいいと思ったのだ。セフィライズは伏し目がちに薄く笑って、ベッドの端へ膝を抱えるように座り、背を壁に当てた。それを見てスノウもまた、1人分の隙間を開けてベッドの上に同じようにして座る。

 かなり長い間、セフィライズが無言だったから、スノウも同じように黙って膝を抱えていた。部屋に唯一あるランプが波のような柔らかな光を揺らめかせている。


「あの……」


「……ごめん、何を話そうなかと、思って……」


「……では、わたしの話を先に、してもいいですか?」


 顔をあげて、彼を見る。いつもの彼らしい、儚げな笑みで頷かれる。

 そういえばこうして、お互いの話をすることなんてほとんどないまま過ごしていた。


「わたしが子供の頃の、話です」


 スノウはゆっくりと懐かしむように、言葉を選ぶ。今はない、故郷の思い出。





 わたしが子供の頃、癒しの神エイルを祀った神殿でお祈りをよくしました。父は誰かわからず、母と祖母と三人。そして信仰を守っている沢山の女性達。皆さん母と同年代で、子供はわたしだけでした。


 神殿で祈るのは、決められた日のみ。それ以外は、ずっと周囲の街を転々としながら暮らしました。

 それが当たり前だったので、変だなと感じることもなく。

 母は誰かとわたしが交流する事を嫌がり、街の同年代の子と話すと、すぐ腕を引きました。

 特に男の子だと、嫌悪するかのように近づく事を許してくれませんでした。


 この力が無くなる事を恐れたのかもしれません。おそらく、わたしは愛し合って産まれた子ではなく、奪われて産まれてきたのだと思うのです。だから、自分と同じ目に娘を合わせたくなかったのかもしれません。


 女の子だったので、この力を受け継いだ。

 もう信仰する人がほとんどいなくなった廃墟のような神殿でも、私たちにとっては聖地ですから。あなたがここを守るのだと何度も言われて育ちました。


 砂漠を移動し、とある村にいた時の事です。それは唐突でした。小さな村に、突然黒衣を纏った集団が現れ、次々と人を殺して行きました。母と祖母はわたしを逃がそうとしてくれましたが、目の前で一瞬にして、殺されてしまいました。

 人の死を見たのは、この時が初めてでした。だからとても怖くて、動けなくなってしまって。

 その後、殺される事なく捕まって馬車に乗せられました。次々と、人が増えていくのです。色々な人種の方がいらっしゃいました。全員女性でした。


 ある時、目の前で女性が汚されました。しかしわたしにその手が伸びる事はありませんでした。

 この能力のおかげだと、思うのです。穢れたら、使えませんから。

 わたしはそれを、よかった、と思ってしまいました。彼女達とは違う、この特別な力のおかげだと。どこか犠牲になった方々を、見下していたのかもしれません。同じ目に遭いそうになって、なんて自分は愚かしい人間なのだろうと……今になって思いました。

 あの時わたしは、寄り添うこともせずに、自分の事しか考えられなかった。こんなに、怖いって知らなくて。

 



「血を流すことも、自分の身に起きるまで、こんなに痛いって……わかっていたのに知らなかった。だから……」


 だから、あなたの痛みも、辛さも、一緒に寄り添っていきたいと、思うのです。



 しかしその言葉は、繋げられなかった。





 












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