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15. 移動と壁越え編 露天商




 それから何度かの夜を超えて、やっと壁境界の宿場町へと到着する。時間がちょうどよかった為に、午後の壁越えに間に合いそうだった。街中で保存食を買い込む程度の時間しかない。

 彼が店で食料を物色している最中、スノウは周囲を必死に見渡した。以前に彼から聞いた好きな食べ物……コゴリの実を探したかったからだ。しかしこのお店では取り扱いがないようで、肩を落とす。

 やはりどうも彼の食が細くなった気がするのだ。旅の途中、確かにお腹いっぱい食べる事は叶わない時もある。それでも、どこか量が減ったように感じるから。せめて好きなものならと。


「何か、欲しいものでもあったかな」


 スノウの仕草に気がついた彼が声をかける。


「い、いえ。別に……」


「私はもう少しここにいる。他を好きに見てきていいよ」


 スノウはその言葉に甘えようと思った。この旅は、彼におんぶに抱っこ状態なのだ。野宿の準備も、野獣の相手も、物資の調達も、何もかも彼の方が慣れていて、何もできることがない。

 せめて、何かしたいと思った。せっかく好きな食べ物を聞いたのだから。保存にも適した木の実類とあれば、この先の旅路に持って行っても差し支えないだろう。


 セフィライズに頭を下げ、スノウは店の外に出る。来た事がない町だから、なるべく迷わないようにと気をつけながら数件の店を回った。しかし思っていた以上にコゴリの実は売ってないものだなと思う。高級ではないが、珍しいの意味を理解した。


 スノウは色彩豊かなタープが飾られ続いていく露天商を歩いた。本当に色々なものが売っている。食べ物だけではない、装飾品や武器、置物や何に使うかわからないものまで、多種多彩だ。その中でやっと、スノウは木の実類を取り扱う店を見つける。

 一つ一つの名前を確認し、やはりない。目の前で落胆している彼女に、店主が話しかけてくれた。


「何を探しているのかな?」


「えっと、コゴリの実、なんですけど……」


「あぁ、ちょっと珍しいからね。でも、それが欲しいっていう人も珍しいね」


 そうなんだとスノウは思った。とても美味しいと言っていたから、多くの人から好まれるのかと思ったが違うのだろうか。


「少しでよかったら、この前の残りがあるよ。売れる程の量じゃなかったから出してなかった」


 店主が手のひらに乗るぐらいの小さな麻袋に入ったコゴリの実を取りだした。見たこともない黒いゴツゴツした殻に覆われたそれは五つしかない。

 スノウはすぐにそれを購入し、持ち帰ろうと歩く。しかし迷わないようにとあれだけ気をつけたにも関わらず、セフィライズと離れた最初の店の場所はわからなくなってしまった。

 半泣きになりながらも当たりを歩き、どうしようかと思った時だ。


「スノウ?」


 声をかけられ振り返るとセフィライズがいた。両手で抱えるぐらいの荷物を持っている。


「あまりにも遅いから、少し探しに出てしまった」


 約束通り店にいなくてすまない、と彼が謝る。見つけてもらえてよかったと、スノウは心から思った。


「ごめんなさい。わたしも……遅くなって」


 もう二度と、会えなかったらどうしよう。なんて心の端で本気で思ってしまった。それぐらい道がわからなくて。知らない場所で迷子になるのは、こんなにも心細い。


「あ、あのセフィライズさん。以前お好きだとおっしゃっていたコゴリの実。見つけたので買いました」


 彼に袋を突き出して見せる。目を丸くし、驚いている様子だった。しかし何故かすぐに表情が曇る。


「ぁあ、うん……探したんじゃないか。普通には、置いてないと思うから」


「ちょっと、探しました」


「……そうか。ありがとう」


 彼がいつものように伏し目がちに薄く笑ってくれる。それを見て、胸の奥がふわっとあたたかくなった。


「もうすぐ壁越えの時間だから、並びに行こう」


「はい!」


 スノウは壁に穴があくまでの間、この実を一緒に食べようと思った。







 荷物もまとめ、馬に乗りながら壁が開くまでの列に並ぶ。コンゴッソ側からアリスアイレスへと抜ける時よりも、並んでいる人は少なかった。それを見て思い出すのは、あの壁が荒れる現象‘死の狂濤‘だ。多くの人が一瞬にして消えた。その後に起きた出来事も、まるで絶望そのものが形になって出てきたようだとスノウは思っていた。


「大丈夫、滅多に起きることじゃない」


 少し震えてしまっていたのかもしれない。スノウの恐怖を感じ取ったのか、彼がほんの少し振り返りながら声をかけてくれた。それに笑顔で答え、思い出したかのように自身のベルトにしまっておいたコゴリの実が入った麻袋を取り出す。


「ありがとうございます。待っている間に、食べましょう」


 袋から一粒取り出して、黒い皮の割れ目に爪を立てると本当に簡単に割れた。


「先に食べていいよ」


「いいえ。好物ですよね? 食べてください」


 スノウが彼の後ろに座った状態で、口元まで手を伸ばした。横を向いた彼が少し困った顔をしていたが、彼女の持つコゴリの身を口に入れた。



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