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11. 移動と壁越え編 出発




 スノウはいつの間にか再び寝てしまっていた。目覚めると今度はベッドの上に一人きり。彼の姿は見えない。まさか置いていかれたのではないかと慌てて飛び起きた。視界には机に並べられた荷物を確認している彼。よかったと、胸を撫で下ろした。


「おはよう」


「ぁ、あ、おは、よう……ございます……」


 視線が合うと動揺してしまって、変なところで言葉が詰まってしまった。昨晩は、なんだか色々ありすぎて、脳がその情報を処理しきれていないようだ。知恵熱が出たかのように熱い。

 しかし心に残ったのは、朝焼けの始まるほんの少し前。彼の胸元に、口付けをしてしまった事だ。


 スノウは両手で顔を隠し、膝を立てて頭を埋めた。そこにセフィライズがいなければ、おそらくベッドの上で暴れるぐらい恥ずかしい事をしてしまった自覚がある。過呼吸のような息遣いがバレないようにするのが精一杯。


「朝、食べたらすぐ出ようと思う」


 荷物を一つずつ確認しているから、彼は背を向けたまま、ベルゼリア公国がどんな国なのかざっくりと説明してくれた。湿地帯が多いが向かう場所は海風の吹く火山地帯。今だに奴隷制度が根深く残っている事、異端人種を差別的に扱う事、治安が悪い事だ。


「スノウの髪色も危険だと思う。だから、今回は染めて行こう」


 スノウは顔をあげて、自分の髪を触る。確かに、あまり見ないがそこまで突拍子もない色でもない。むしろ異質だと思われてしまうのは、彼の方だと思った。


「セフィライズさんも、染め……ますよね?」


「あぁ、うん。今回は……」


 気乗りはしないが仕方ないといった反応だった。髪と目を、お互い茶色に染め、服は一般的な旅人としての軽装で行く。ザンベル辺境伯と会う時だけ元に戻し、階級章を提示するとの事だった。

 セフィライズはベッドの上に座るスノウの元へ歩み寄る。片膝をベッドの上にのせ、右手を伸ばした。その手をスノウの頭に乗せた。


「物理的には染めない。魔術で偽装するから」


 手の体温が心地よい。頭を覆ってくれる手のひらの優しい重み。

 セフィライズは小さな声で詠唱の言葉を綴る。彼の、スノウとは違う冒頭の詠唱を聞いて、今朝方考えた事を思い出した。


 どこまで、彼は質問に答えてくれるだろうか。


「今この時、我こそが世界の中心なり」


 彼の低くて優しい声が最後の言葉を紡ぐと、スノウの髪は暗い茶色に染まった。鏡がないから判別できないが、おそらく瞳も茶色になったのだろう。目元に人差し指を当てて触ってみた。


「あ、の。セフィライズさん。わたし……もう少し、魔術について色々と、聞いてもいいですか?」


 彼が持つ知識と、白き大地の民としての知識。どこまで聞けるかわからないが、何か《世界の中心》へ近づくヒントみたいなものが、あればいいのにと思う。


「道すがら話そうか。移動は長い」


 そうか、この先ずっと、一緒なのか。二人きりなのか。スノウは今まで、彼と二人きりで旅をした事はない。仕事中、執務室で二人きりになる事はあれど、お互い何か作業をしている。

 これからは、移動しながら二人きり。ずっと、一緒に。


「ぜひ、お願いします」


 スノウは頭を下げた。この旅の中で、もっと彼の心のそばまで行くのだと。そして彼がひた隠しにしている事を、話してもいいと思ってもらえるように。







 朝食をとり、レンブラントに別れを告げ、カンティアを後にする。カンティア領土に広がる青鮮やかな草原と、整備された壁までの道のり。気持ちの良い風が彼女の髪を撫でた。

 セフィライズが操る馬に乗り、彼女は彼の腰に手を回す。彼は剣を帯びていた。

 すぐ目の前、彼の後頭部を見上げると、普段はフードのついたマントが視界に入るはずだが、いまはない。代わりに別人のような茶色に染められた長い髪が、ひとつに束ねられていた。

 スノウが髪と目を茶色にした彼を見るのは二度目だ。彼が左右を警戒する時に見る横顔。やはりとても、彼の兄であるシセルズによく似ている。目元なんかは、本当にそっくりだ。目元以外を隠されたら、判別がつかないかもしれない。

 しかしシセルズには左目の下に涙ぼくろを八の字の半分で飾ったような痣がある。刺青なのかもしれない。おしゃれでしているというわけではなさそうに見えた。生まれた時からある痣なのだろうか。


「茶色にすると、よく……似ていらっしゃいますね」


「あぁ、兄さん? 確かに、よく似てる」


 双子でもないのに、なぜかよく似ている。セフィライズ自身もその自覚がある。なおさら不思議な感覚に陥るのだ。血のつながり、というものを強く感じるから。


「兄さんがいるから……」


 繋げようとした言葉を止めた。失言だったと思う。兄がいるから、自分は人間なんだな、生きているんだなって実感するだなんて。顔が似ているから、家族だから、それは人から生まれてきたという証拠。


「でも、兄さんの方が少し大人びているかな」


「そうでしょうか。目元はとてもよく似ていらっしゃいます。でも、シセルズさんには痣がありますよね」


 セフィライズの表情は見えない。しかし背中からでも心の変化がつぶさにわかるようだと思った。

 彼の変な間や、体の微妙な動き、仕草。そして雰囲気。シセルズのあの痣には何かあるのだと直感的に分かった。






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