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10. 安息のひととき編 起床



 スノウが目を覚ますと、まだあたりは薄暗かった。窓から見える空は朝焼けが始まったばかりではないかというぐらいで。

 スノウ自身の目の前に何かがあってさらに暗く感じる。なんだかとても温かくて心地よい感覚に包まれていた。手を動かし、それを押してみる。柔らかくて硬くて、生温かい。指先に、ざらっとしたものが当たった。なんだろうと、触れて、そして。


「ぁッ……!」


 大声を上げそうになって、慌てて口をふさいだ。顔を、ゆっくり上げるとそこにいるのは。


「ぁ、わ……ぁあ、あ……」


 自分の腕を枕にして、横向きに寝ている彼の顔が、目前だった。気がつくと、反対の手はスノウの腰あたりに乗っている。驚きは戸惑いと混乱に変わり、どうしていいかわからないまま硬直する他ない。起こすわけにはいかない。かといってこの状況を抜け出すには、少なくともスノウの腰あたりに置かれた手は、動かさないといけない。


「ど、ど、ぅ……し、て……」


 どうしてこんな事になっているか理解できない。しばらく死んだふりをした動物のように固まって動けなかった。何度か深呼吸をして、もう一度しっかり彼の顔を見つめる。こんなに至近距離で見るのは、初めてかもしれない。

 まつ毛も、銀色なんだなって、そんな変な感想を抱いた。そのまま視線を落とすと、襟ぐりのあいた寝巻きから見えた鎖骨の下あたりに、線がある。先ほどざらっとした感覚があったのは、おそらく彼のこの腫瘍だろうと思った。人差し指で丁寧になぞってみる。硬くて、熱い。

 スノウはそれを包み込むようにして手のひらを押し当てた。小さな声で、起こさないように、治癒の詠唱を口ずさむ。無意味だと、わかっている。でも。


「我ら、癒しの神エイルの眷属、一角獣(ユニコーン)に身を捧げし一族の末裔なり、魔術の神イシズに祈りを捧げ、この者の穢れを癒す力を我に。今この時、我こそが世界の中心なり」


 優しい光に包まれる。しかし何も変化がない。スノウ自身も、癒す箇所がないせいか、あまりマナを消費しなかった。


「今この時、我こそが……世界の中心」


 ただ、当たり前のように繰り返してきた詠唱。それが発動の条件だから、何も考えていなかった。しかし今、この言葉を発したことで思うのだ。本当の意味はなんだろうかと。

 《世界の中心》を求めてはいけない、彼は言っていたけれど、スノウにはどうしても求めたい理由がある。それさえあれば、もしかしたら、彼を助けられるのかもしれない。しかしその言葉が、詠唱の最後に使われているのは、何故だろう。魔術の基礎を築いたと言われる白き大地の民の主神イシズは、何故最後にこの言葉を発する事を選んだのだろう。


 我こそは、の、我とは。一体、誰のことなのだろう。

 彼の言う詠唱と、癒しの神エイルを信仰するスノウの詠唱では、冒頭部分が違う。それはスノウだけの特別なもの。


「我ら、世界を創造せし魔術の神イシズに祈りを捧げ……」


 彼の使う詠唱の冒頭を思い出す。自身のものと比べても、結果的に祈りを捧げる先は魔術の神イシズである。おそらくスノウの詠唱は、眷属との契約を言葉に乗せて、イシズに祈りを捧げる事で発動しているのだ。捧げられたものは、なんだろうか。それは恐らく、マナである事は推測できた。


「我、とは……魔術の神、イシズ本人……?」


 世界の中心とは魔術の神イシズなのだろうか。神々の時代に生きていたとされる彼は、元を正せばハーフエルフ。しかしいくら寿命が長いとはいっても、もうとっくの昔に亡くなっているだろう。だとすれば、この世界にはもう《世界の中心》は存在しないという事になる。

 しかし、白き大地の民は、《世界の中心》を手にしている。そして一時期は白き大地に存在していたのだ。セフィライズに以前聞いた時の回答も、今は無い、だった。つまりは、あったという事実を肯定しているのだ。そしてそれは、彼自身がそれを、見たことがある、という言葉に近い。


 どうして、この言葉は《世界の中心》というのだろう。世界という場所の中から、中心を探すことなんてできない。では『世界』とは何か。『中心』とは何か。


 聞きたい。きっと彼は、スノウが憶測する以上のものを知っている。今はない《世界の中心》が、どのようなものだったかも知っている。少しでも情報があれば探す事ができるかもしれない。彼を、助けられる糸口が。


 どのくらい時間がたっただろうか。太陽が登りはじめ、朝焼けがしっかりとした色を強く魅せている。部屋がほんのりと、明るくなっていった。

 すぐそこに、見上げれば彼の寝顔だ。生きている、今を。変わらずに、そこにいる彼を。愛しいと心から思う。だからこそ、抗いたいと強く願う。


 今日だけは、許してほしい。


 スノウは彼の鎖骨の下、腫瘍に再び触れる。熱を帯びるそれに、祈りを込めてそっと口付けた。











本作品を読んでくださり、ありがとうございます。

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小説家になろうで活動報告をたまにしています。

Twitter【@snowscapecross】ではイラストを描いて遊んでいます。

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