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9. 安息のひととき編 就寝




「わかった。なら私のベッドを使ったらいい」


 セフィライズは座っているスノウを立ち上がらせ、反対の手で枕を拾う。彼女をベッドまで引っ張ると、少し強めに押して座らせた。


「はい」


 セフィライズから枕を手渡され、横になるよう促される。彼がそのまま背を向けてどこかにいこうとする、彼女はその手を握って止めた。


「あ、あの。セフィライズさんは……」


「ソファーで寝るから」


「それでは、セフィライズさんがゆっくり休めないじゃないですか」


「君よりは、慣れている」


 手を振りほどかれそうになり、スノウは立ち上がってそれを阻止した。


「だめです。わたしがソファーで寝ます。だからセフィライズさんがベッドに」


「いや、なら部屋に戻って寝たほうがいい」


「それはダメです」


 雲で隠れていた月が顔を出すと、明かりが窓から降りそそぐ。胸に手を当て、セフィライズを見上げる彼女の顔がはっきり見えた。何かとても不安に思うのもがあるのか、それを必死に繋ぎ止めようとしている。そんなにも信用がないだろうかと思った。


「なら、二人で使おうか」


 彼が苦笑する。握られた手をそのままに、ベッドの端に座ると横になった。


「端で寝れば問題ない。落ちないようにだけ気をつければ」


 横になる彼が、スノウの手を軽くひく。長い髪が月明かりで白いシーツの上に広がっているのがわかった。首元が開いた彼の寝巻き。鎖骨の少し下あたりに見えている、その赤黒い腫瘍の一部が。

 スノウはベッドの上に膝をついて乗り、手をついてその鎖骨の下あたりへ人差し指を伸ばす。触れる事を、彼は拒まなかった。


「見苦しい、かな」


 スノウの手が離れた後、彼は自然と服を持ち上げて隠そうとする。見え隠れするそれを、スノウは眉間に皺を寄せ、苦しそうに見た。


「ごめんなさい」


 何も、出来なくて。ごめんなさい。


「じゃあ、おやすみ」


 セフィライズはあえて、スノウの謝罪の意味を言及しなかった。横に向いている彼が目の前で瞳を閉じる。

 二人で、同じベッドの上にいる。目の前には、彼が寝ている。その横に、同じ布団に入るだなんて。彼の胸の腫瘍に気を取られ状況を理解していなかった。


「え、っと。えっと、じゃあわたしは、ソファーで!」


 とんでもなく、恥ずかしい状態だという事に気がついて、スノウがベッドから降りようとするのその手を、今度は彼が掴んで止めた。


「……明日から、長旅になるから。ちゃんと寝ておいたほうがいい」


「で、も。その……一緒に、というのは、あの……」


「わかった、私がソファーに行くから」


「それはダメです」


 つい先ほど、同じ会話をしたなと彼は苦笑した。


「どうする?」


 回答を、彼女に委ねたのは……少し意地悪だっただろうか。目を開けて、スノウへと手を伸ばした。顔を真っ赤にして、戸惑っている。


「私は、気にならない。でも、君が気にするなら考える」


「……見張りです。これは、見張りです!」


 スノウは自身に言い聞かせるように繰り返し頷いた。布団の中に入ると、一人分ないぐらいの隙間を開けて彼がいる。恥ずかしがっているのは自分だけで、彼は苦笑しているだけだった。

 意識しているのは、恥ずかしいのは、自分だけ……なのだろうか。スノウは胸元に手を当ててみた。そんなに、魅力ないかなって。そう思って首を振る。


 本当は、好きと伝えて。好きのその先を、欲しいと思っている自分がいるから。


「あ、ぁわわ……」


 何を考えてしまったのかと、スノウは慌てて頬に手をあて目を閉じた。顔が熱い。鼓動がうるさい。とんでもない事を想像してしまった。

 好きの、その先を。だなんて。


「顔が、赤いようだけど。熱でも……」


「いやっ……」


 彼の手が額に向かって伸びてくる。スノウは瞳をぎゅっと閉じ、それを払い退けて拒否してしまった。いつも、恥ずかしさが限界を迎えると拒んでしまう。

 瞳を開けると、少し傷ついたような表情の彼が苦笑していた。


「すまない……気に、するか。私はちょっと、人とズレてるみたいだから。気を……使えなくて」


 目を閉じた彼が、スノウに背を向けて、ベッドから降りようとしている。それを、慌てて止めてしまった。背中に、張り付くようにそっと手をあて額を付ける。


「ごめんなさい、違うんです」


 嫌じゃないんです。そう続けようとしたけれど。その言葉はつまり、嫌じゃない、ということはつまり。だから続けられなかった。恥ずかしすぎる言葉だ。


「わ、わた……わたしは、わ……」


 今、言うのか。今、伝えてしまうのか。

 心を、気持ちを。いま。


「わたしは、す……」


 好きです。と、言葉を。


 背を向けていた彼が、寝返りを打つようにスノウの方へ向き直る。肩に手を添えられ、顔を上げると息遣いが聞こえそうなほどに近い距離に、彼の顔があった。


「何もしないから。本当に」


 儚く笑う彼が、切なく笑う彼が。


 何かを、してくれてもいいのに。

 そう思ってしまったスノウの胸が、キュゥッと、痛んだ。










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