7. 安息のひととき編 意思
スノウは声を張り上げる。もしも単独で行ってしまったら、自身もまた一人でベルゼリア公国に行くと。
彼が困っているのがわかる。とても嫌がっているのもわかっている。でも、絶対に譲れない。今、この手を離すわけには行かない。
「スノウ一人は、危険だ」
「なら、一緒に行きましょう」
「……連れていくつもりは」
「では一人でも行きます」
きっと、彼女はこの言葉を繰り返すつもりだろう。セフィライズが折れるまで、何度でも。
「……スノウ、今回は、本当に……お願いだから」
スノウは彼の手を一層強く握る。彼が言葉を詰まらせながら、苦しそうに下を向いた。吐かれた言葉が、本当に、本当に。心から断りたいと思っているのがわかる。それでも、このわがままを、通さなければならない。どうしても、一人になんてできない。
だって、一人にしてしまったら。きっと、あなたは。
「セフィライズさんになんと言われようと。わたしは、絶対に譲りません。あなたに嫌われても、かまいません」
これは、わがままだ。わかっている。それでも。
「……スノウ」
セフィライズ自身、本当は思っている。できる事なら、何も考えずに、自身の願望のままに答えるならば、言葉はひとつしかない。
一緒に行こう。そう、言いたい。
しかしその言葉を、頭の中で思うだけでもはばかられる。それは自分自身の身勝手さに他ならないと思っているから。
いくらアリスアイレス王国として赴いたとしても、セフィライズと二人。一緒についてくる別の隊がいるわけでも、贈り物を積んだ馬車があるわけでも、ましてや親書すらない。
「わたしは、まだ。まだ何も、返せてない。あなたに、何も。何も返せてません。貰ってばかりなんです。だから一人で行くなんて、言わないでください」
「…………」
わかった、と言いかけた。その言葉を、必死に飲み込む。
「……譲れない」
もっと、強い言葉を使わないといけないだろうかと思った。迷惑だ、と言った、あの時のように。しかし、今その言葉を使ったとしても、きっとスノウなら気がついてしまうだろう。その強い言葉の、意味を。
「君を、」
他に、ないだろうか。もっと、彼女が納得するような、何か。理由を必死に探した。断る理由を。
スノウは握った手を持ち上げた。両手を使い彼の手を握りしめ自身の額に当てる。目を閉じ、祈るように、願いように、強く強く。
「癒しの神エイルの名の下に。心から、あなたを。支えると誓います」
彼は、これが彼女のもてる、もっとも強い誓いの立て方だと理解した。
ーーーーあぁ、もう。折れるしかないのか。連れていくしか、ないのか。
信仰心なんて、ほとんど無くなっているこの世界で。彼女の尊崇の念は本物なのが痛い程よくわかる。だからこそ、この言葉は、何よりも重い。無下にするだけのものはもう、持ち合わせてはいなかった。
「……わかった。一緒に、行こう。白き大地まで」
覚悟を決めた。全てを……。
彼女に全てを、伝える事を。
スノウは顔を上げた。やっと、やっといいと言って貰えた嬉しさと。そして、彼の「白き大地まで」という言葉が胸を打つ。きっとそれは、彼の中にある終着点が、白き大地だという事だから。
その先は無いと。彼がはっきり認識しているからこそ、出る言葉だと。
「はい。一緒に、お願いします」
あなたが諦めているなら。必ず、わたしが抗ってみせます。
そうスノウは、言葉に出さず、心に強く誓いを立てた。
「私も誓うよ。魔術と創生の神イシズの名の下に。君を、必ず守る」
スノウの、何よりも重い誓いに報いるように。彼は胸に手を当て目を閉じる。
尽き果てる、その時まで。
瞼を開けた彼に見つめられる。いつものようにに優しく笑って。でもどこか、儚げで、消えそうなぐらい、切ないような。そんな笑顔に見えた。




