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4. 安息のひととき編 目覚め




 リシテア達がアリスアイレス王国へ向け出発してしまうと、建物の中はとても静かになった。レンブラントが手配したカンティアの使用人と、スノウの為の医師や看護師が出入りするも、親しい間柄でもなく会話もない。

 セフィライズは日々を使用人達の作業する音と木々の揺れる音、風が運んでくる香りを感じ、外の暖かな光に触れながら過ごす。こんなにも穏やかな日々は、きっと。これが最後だろうと、思った。


  


 数日後、レンブラントはスノウが目覚めた事を彼に伝えにきた。庭に置かれたベンチで本を読んでいたセフィライズが顔を上げる。すぐに本を横に伏せ、立ち上がると彼女のところへ向かった。



「スノウ……」


 扉を開け、目の前のベッドの上で横になっている彼女が首を動かしてセフィライズを見た。


「セフィライズさん、ごめんなさい、わたし……」


 自身の外にはねる金髪の癖毛を触りながら、本当に申し訳無さそうに思っている表情。何も変わらない、彼女の姿に心から、安心して、心から。


「よかった」


 セフィライズはゆっくりと近づき、膝をついて彼女の手を取った。


「セフィライズさん、どうされたのですか。その左腕は」


「あぁうん。なんでもない」


 スノウは慌てて治癒術を使おうとする。しかしそれを止めた。


「スノウが治ったら、頼むよ」


 少し痩せていて、そしてどこかとても疲れた表情のスノウだが、変わらずそこにいる。心から安心した。


「何か食べた方がいい。安静に過ごして、早く……」


 早く、良くなって欲しい。でも、無理をさせるのも違う気がして、言葉を止めた。スノウが少し笑って、口元に手を当てる。きっと何故止めたのか、察してくれたからだろうと思った。


「あの、あのあと……何が起きましたか?」


「また、今度説明するよ。今は」


「いいえ、今……聞かせて頂けませんか」


 今目を覚ましたばかりの彼女に、あの後の出来事を語るのは辛くないだろうか。握っている彼女の手に力がこもると、彼女の瞳は真っ直ぐに見つめてくる。セフィライズは目を閉じ頷いて、丁寧に話し始めた。


ルードリヒはスノウを体の一部をタナトス化した人間に食べさせれば元に戻ると思い込んでいた事。タナトス化の原因である小瓶までは把握できていないが、おそらくベルゼリア公国から来ている可能性がある事。殺さずに、ちゃんと捕獲した事。


「捕獲、できてよかったです」


 殺してしまえば人に戻る。おそらくカンティアでも地位の高い人間に。彼がもし、タナトス化した人間を切り殺していたら、話はもっと複雑になっていたかもしれない。


「リシテア様は、先に帰国した。報告と、相談があるから」


「セフィライズさんが戻られなかったのは、その……左腕のせいですか?」


「うん、まぁ……そうだね」


 本当は、リシテアの配慮だという事はわかっていた。ただ、それを彼女に説明できず言葉を濁す。スノウが不思議がっていたが、なぜ彼が口籠ったかまでは分からなかった。


「少し、話しすぎたな……休んだほうがいい」


 彼が静かに立ち上がりまた来ると言って部屋を出る。呼び止めたいと思うも、しかし、理由は用意できなかった。

 スノウは先ほど聞いた事柄をそれを一つずつ整理するように考える。胸元に手を当てて貰った首飾りに触れるとひんやりとした感覚が、すぐに人肌の温度に変わった。


 でも、心に残ったのは。

 あの時、約束した事。


 伝えたい事があったのだ。ルードリヒの願いを全て断り、彼と共にいるという事を。もし、叶うのなら、許されるのなら。好きだと伝えてしまいたかった。

 でも今は、あの時と状況が変わってしまっている。残った言葉は「あなたのことが好き」というものだけ。






 スノウは毎朝目覚めると、まるで起きたことがわかるかのように彼が来る。その時に少しだけ、彼はいつも手を握ってくれた。それがとても恥ずかしくて嬉しい。いつものように薄く笑って、聞かれることは変わらない。痛くないか、辛くないか、大丈夫か。そんな内容だ。

 レンブラントも気にかけて食事を持ってきたり御用聞きに来てくれて、スノウはなんだかとても迷惑をかけている気持ちになった。早く良くなりたいと思っても、治癒術は自分自身には使えない。その理由はわからないが、自分からマナを引っ張っているのが原因だとしたら、セフィライズの血液を利用すれば使えるのかもしれない。しかしそれを試そうとは思わなかった。もう、傷ついてほしくない。もう、痛い思いをして欲しくない。


 抜糸も終わり、安静にと言われた期間が過ぎると、スノウはすぐに歩く練習を始めた。筋肉が衰えないようにと、気を遣って揉んだり触ったりしていたが、やはりかなり厳しそうだ。


「手伝おうか」


 スノウが必死に立ち上がるも、上手くできない。セフィライズは彼女を添え木の無くなった左手で支えた。スノウの手が肩に掛かると、まだ少し違和感と鈍痛を感じる。


「セフィライズさん、先に使ってもいいですか?」


「もう、だいぶ治っているから」


「だめです。使いますね」


 止めようかと思ったが、ベッドの縁に座ったスノウがセフィライズの左手を引っ張る。彼は苦笑しながら、ベルトからナイフを取り出した。


「あ、だめですよ」


「いや、スノウのマナを使うのはよくない。治りが遅くなる」


 筋力が衰え、左腕を引く力が弱まっている事で簡単にスノウの拘束から逃れられた。セフィライズはナイフを左腕に当て、軽く切る。

 スノウは彼がベッドから離れた位置に移動してしまったために、立ち上がって歩くことができず止めることができなかった。悔しそうな表情をして見せ、口を尖らせて文句を言う。


「もう、自分を傷つけるのはやめてください」


「慣れているから。痛くない」


「そういう問題じゃないんです!」


 見たくない。もう見たくない。胸が痛くなるから。そう伝えたかったが、きっと届かないのだと思う。


「君が、すぐ治してくれる」


「……治します。わたしが、必ず治します!」


 心が篭ってしまった。今切った傷だけじゃない。治したいのは、彼を苦しめている全てだと。

 セフィライズが少し戸惑った表情を見せた。スノウの込めた気持ちが伝わったのかもしれない。それでもすぐ、笑顔でスノウに左腕を差し出した。


「じゃあ、頼むよ」


「……はい」


 スノウは詠唱の言葉を口ずさむ。怪我だけじゃない、彼の全てを、憂いも何もかも。取り払ってしまえますようにと、心を込めて。











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