表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/384

3. 安息のひととき編 灯火



「わたくしは、あなたの言葉を、聞きたいのです」


 セフィライズは顔をあげ、リシテアを見た。まだ二十歳にもならない、幼さの残る彼女。凛とした佇まいに、芯の通った声。王族の証である赤毛が傾いた日の光で一層赤く見えた。


「私の言葉、ですか」


「ええ、そうよ」


「……ですから、一度アリスアイレスに帰ってから再びというのは、時間が」


「言い訳ばかり上手くなりましたのね。わたくしの聞きたい回答ではないようです。それでは、帰国しか選択肢はありませんわ」


 彼はリシテアが何を言わせたいのかわからなかった。しかしその言い方に、若干の違和感を覚える。何か答えを求めるようだと。リシテアが望む回答を述べれば、残れる。そう感じた。


「私は、スノウを置いて、行けそうにありません」


「何故かしら」


「何故……守ると、約束したので」


「あら、おかしいわね。セフィライズはわたくしの騎士に任命されたはず。騎士が守るのは、部下ではなく何においてもわたくしではありませんか」


 そうだ。リシテアの言う通りなのだ。普段ならば、帰国と言われれば何も疑わずその通りにしただろう。何故、だろうか。

 しかしその理由は、もう、わかっている。ただ口に出したくない。それを。


「……さ」


「察して下さいは、なしです」


 先手を打たれた。仕事なのだから、このままリシテアと帰国し、見聞きした事をカイウスに報告。今後どうしていくかを相談しなければならない。それに、兄であるシセルズにも、体の事を伝えなければ。わかっている、戻るのが何よりも正解である事ぐらい。残る理由など、かけらもない。


「あぁ、もう。はっきりしなさい! わたくしが聞きたいのは!」


 リシテアは煮え切らないセフィライズに、答えを提示しそうになった。口元を抑えて、再び威厳のある態度を心がける。

 しかし彼女の発言を聞いて、セフィライズは少し笑った。リシテアが求めている回答が、考えが、見えてしまったからだ。思わず苦笑してしまうと、彼女が恥ずかしそうに顔を覆う。


「……リシテア様。私は、残ります」


 セフィライズには自覚があった。

 ずっと、逃げていた。全てから。考える事をやめて。感じることもやめて。ただ漠然と、時間を浪費する事を選んでいた。それでいいと思っていた。


 スノウを愛おしいと感じた時、彼は自分の気持ちに心から驚いた。そんな事を感じる日がくるとは思っていなかったからだ。心を受け入れる事に迷い、言葉に出す事に戸惑った。


 リシテアは、それをあえて言わせたいのだと。

 セフィライズ自身の言葉で、何においてもスノウを選ぶ事を。


「……伝えるつもりは、ありません。ただ、私は彼女を、選びたいと思いました。これが、満足して頂ける回答かどうか、自信がありません。ですが……この言葉しか、持ち合わせておりません」


「そうね、三十点ってところかしら」


 戸惑いながらも言葉を綴る彼は、優しそうに微笑んでいる。

 それを見たリシテアは、ああよかった、と思った。同時に兄であるシセルズが知れば、どう思うだろうかと。


 ————シセルズ、あなたの弟はやっと、好きを知ったようです。


 満足そうに笑った彼女が、ベッドのそばに膝をつく。セフィライズの手に、自身の手を添えた。


「最初から、あなたも残すつもりでしたのよ」


「先程気がつきました」


 彼はリシテアの正解を求めるような発言から、何となく察しがついていた。確信を得たのは、本当にさっきだ。


「ふふ、わたくしもまだまだだわ。お兄様みたいに、上手くやらなくてはいけませんね」


 いたずらっ子のように笑うリシテアに、セフィライズは再び頭を下げた。リシテア達がカンティアを出るのは二日後。そして聞いた通り、レンブラントを残していく説明を受けた。全てに頷いて返事をする。セフィライズから見れば、リシテアは妹のような位置だったのかもしれない。彼女の成長が、少し眩しく見えた。


「リシテア様、以前は……失礼をいたしました」


 遠い昔。本当に、彼の背丈の半分より下ぐらいの彼女が、セフィライズの手を握り、幼いながらも必死に伝えてくれた言葉を思い出す。その時は、本当に、よくわかっていなかった。だから、失礼な返事をしただろうと、やっと理解できる。


「その時から、いえ……セフィライズのお兄様であるシセルズは、もっと昔から。きっとあなたにこれを、教えたかったのだと、思うのです。よかったですね、やっと……」



 やっと、全ての心に、灯火が燈りましたね。




 何かの為に、生きること。


 流されるまま、現実から目を背け。自分の価値を自分自身で決めつけ。全てを諦めて、足元しか見ず。

 ただ時間を浪費して、生きているだけ。


 ずっと、ずっと。

 いつまでたっても、何年たっても、その状態だったセフィライズを、シセルズはずっと憂いていた。


 リシテアは昔、冗談交じりでシセルズから言われた言葉がある。


 ――――あいつが本当に人間になる時はきっと、誰かを愛する時だ。


 今ならその、言葉の意味がわかるような気がした。スノウが言った、未来を見ていないという言葉の通り。

 きっと、ずっと、ずっと。未来を見せたかったのだと思う。心を尽くして、そして手を差し伸べて。シセルズがずっと、セフィライズに見せたかったものが。


 ――――いま、ここに。ありますわ










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ