表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
198/384

1. 安息のひととき編 音




 ミシミシと、何かがめり込む音がする。


 体を這っていく。進んでいく、縛り付けていく。ゆっくりと。

 小さな音が、耳に聞こえる。


 ミシミシと、音を立てて。



 広がっていく。



 真っ白な空間に、白い人型の何かが立っている。顔も、体も、何も見えない。しかし相変わらずそれは、うっすらと笑っているように見える。


『どうして』


 はっきりと顔がないはずのその白い人から、確かに見られた。

 セフィライズは、今自分がここにいる事に戸惑い手を持ち上げて見る。しっかりと、自身の手のひらだった。


『希望なんて、持とうと思えるのか』


 白く淡く光る手がのびる。持ち上げた手に触れられた。


『僕は、停滞している方が好きだったよ。セフィライズ』


 顔がよく見えないはずだというのに、はっきり笑われたのがわかる。


『運命は変わらない。終焉は必ず訪れる』


「……誰?」


 質問に対して不敵に笑われる。その白いモヤをまとっている人がセフィライズを見た。次第に白が剥がれ落ちるかのように、はっきりと。視界に映るその人は。


『僕はーーーー』








 セフィライズが目を開けると、日は高く大きな窓から外の光をいっぱいに取り込んで、天井に白い跡を残している部屋にいた。草木が揺れる影が一緒に写り、穏やかな風が入ると淡い水色のカーテンが優しく揺れる。

 静かだった。だから、妙に音が耳に残っている。


 あれは一体、なんだったのだろう。



 彼はしばらくぼーっとその天井を眺めた。体を勢いよく起こすと、固定された左腕が痛んで思わず前屈みになってしまう。スノウを助けようとして、自分を刺した事を思い出した。


「スノウ、スノウは……」


 いつ眠ったのかすらわからない。どうしてここに寝かされているかもわからない。確かあの日、彼女の手を握り、そして心から誓ったはず。戻ってきたレンブラントとほんの少し話したような気がした。その後の記憶が非常に曖昧。

 ベッドサイドに置かれたスツールの上に、逆さまに置かれたコップ、水の入ったピッチャー、そして袋に入った薬。手を伸ばすと確かに何粒か飲んでいるのか、袋に雑に書かれた量よりは減っていた。しかし彼は飲んだ記憶もない。


 ベッドから足を下ろし、素足のまま立ち上がる。縫合を受けた時に着替えたままの服装だった。部屋を出てスノウの元へ急ぐ。足を踏み出すたびにジンジンと左腕が痛んだ。彼女がいるのは一階の部屋。階段を降りようとした、その時。


「セフィライズ様」


 目の前の階段を上がってくるレンブラントと鉢合わせた。驚いた表情を見せた彼が、セフィライズに近づいくると頭を下げる。


「起き上がって、大丈夫ですか」


「あぁ、うん。スノウは」


「まだ眠ってらっしゃいます」


 そう聞いて、セフィライズはほっとした。それは、生きている、という事だから。そのままレンブラントの横を通り過ぎ、駆け足でスノウのところへ向かおうとする。レンブラントから呼び止める声が聞こえたが止まらず、彼女の眠る部屋へと入った。

 あの日、ナイフで自身を切り飛んだ血は、ベッドのフレームに少し残るのみ。真っ白な布団をかけられた彼女は、静かに寝息を立ていた。


 よかった、と。


 心から思って、ベッドのそばに駆け寄って、膝をついて手をとった。


 大丈夫、生きている。





「セフィライズ様、あなたも安静にと言われておりますので。食事をとって横になってください」


 追いかけてきたのであろう、レンブラントが遅れて部屋に入ってくる。


「安静に? 左腕だけなら、別に安静になんて」


「覚えて、らっしゃらないのですか」


「何を……?」


 レンブラントは複雑そうな表情を浮かべる。どうやら、何かを忘れているらしいが思いだせず首を傾げた。


「何日、たった?」


 レンブラントの反応から、セフィライズ自身は昨日の出来事だと思っているものが、昨日ではないのだと知る。あの時から、どのくらい日数がたったのだろうか。


「二日ほど、眠られていましたよ」


 そんなにも大量に、マナを消費してしまっただろうか。そんなに酷い怪我でもなかった。どうして目覚めなかったのか、本人すらわからない。ただ、唐突に。あの音が蘇る。


 ミシミシと、何かが、締め付ける、音。あれは。


 自由に動く右手を、胸に当てた。そのザラザラとした、跡を指でなぞる。続く先へ、辿って。そして。


「大丈夫ですか」


 レンブラントはセフィライズの顔色が悪くなったのに気がついた。膝をつく彼の肩に手を添える。胸に手を当てているのが見えて、さらにレンブラントの表情が曇った。



「今朝の分は、飲まれましたか」


「……なに、いや……飲んでない」


 セフィライズは何を、と言おうとした。しかしスツールの上に置かれた薬である事は察しがついた。何かの説明を受けたのかもしれない。しかしそれすらも何も、記憶にない。


「何が、あった?」


 記憶にないのだから、説明を受けなければわからない。レンブラントは首を振り、一旦部屋へ戻るよう促してきた。この場所に居続ける理由を作ることもできず、素直に部屋へ戻る。


 彼はスツールに置かれた薬を手にとった。ベッドのふちに座り、その袋から錠剤に固められた緑色の粒を一つ取り出す。

 恐らく、これが何から作られているのか察しがついていたが、確かめるために一粒噛む。最初に苦味がきてすぐ酸味の強いエグ味に変わる。だというのに、最後に舌に張り付いたような甘みが口の中に違和感を残していた。この味を、知っている。粉末状のものなら、何度か口にしたことがあった。これは。


「お食事をお持ちしました」


 レンブラントが扉を開けて、トレーの上に乗せられた料理を持ってくる。セフィライズは素直にベッドの上に全て足を乗せて座った。

 出されたものを黙って頂く。左腕が使えないせいもあり、皿を支えるのに苦労した。ただ先ほど噛んで食べてしまった薬のせいで、口の中に変な甘味の膜が張ってる気がして、食べ物の味が奇妙に感じられる。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ