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外伝 アリアドネの糸 5



 一歩、踏み出される。血で濡れた地面を足が動くたびに、粘度の高い嫌な音がした。剣をかざしたセフィライズは、座り込んだまま動けないラウラの前に立つ。


「殺しなよ。あんたのこと、別に好きじゃなかった!」


 ただ、でもほんの少しだけ。情が移っていたのは、事実。ほんの少しだけ、本当に、ほんの少しだけだ。


 話かけても二言三言で終わる。いつもどこか冷めた表情をして、博識で賢いのかと思ったら、何も知らない子供みたいに疑う事をしない時がある。

 いびつに成長した人だなと思った。だから、ほんの少しだけだ。ほんの少しだけ。


 ラウラは目を閉じた。お金が必要だったから、どうしても。


 ラウラには沢山の血のつながらない弟と妹がいた。彼女は孤児院育ちで、でも運営は火の車。働ける年齢になると、すぐに都会に出稼ぎにでた。沢山働いても、全く貯まらない。苦しくて、苦しくて。

 やっぱり、悪い事には、手を出すものじゃない。だから、こうしてバチが当たるんだと。そう思った。


 ラウラの左側に、剣が振り下ろされ風が走る。どこにも当たらないまま、彼女は恐る恐る目を開けた。


「……これを、情が移ったって、いうんだろうか」


 セフィライズはその辺に剣を放り投げ、手のひらをみる。今までに、感じた事がない気持ちだと思った。今までなら躊躇う、なんて事はなかった。

 付き合っていた期間はとても短かったけれど、セフィライズはあまり、自身の話をしない。必然的に向こうが話す。だから、知っていたから。彼女の生い立ちを、お金がいるから、沢山掛け持ちして働いていた理由を。

 それが理由、なのかそれすらもまだ、わからなかった。


「今は君に、あげられるものは何もないけど。もし、お金に困ってしたんだとしたら、一年後に会いに来てほしい」


「どういう意味?」


「その時に渡すよ」


 そう言って、セフィライズはラウラに背を向けた。もう帰りの馬車には乗れないだろう。どうやって帰ろうかと考えながら、森の中を進み。しかし絶対に、振り返らなかった。












 一年後、カンティアでの生活にも慣れた頃、シセルズが再び遊びに来ていた。以前のように一通り観光地をめぐったり、食事をしたりしたあとにセフィライズの自室に戻る。久々に会ったシセルズの髪は束ねるぐらい伸びていた。しかし、セフィライズの髪もまた、長くなっている。


「お前、髪伸ばしてんの?」


「うん、ちょっとね。ただ、思ったより伸びなかった」


「まぁ、一年前あれだけ短かったらなぁ」


 セフィライズは自室の引き出しを開けて、ハサミを探すと兄に手渡した。


「悪いけど、切ってくれる?」


「俺が? いや、いいけど」


 セフィライズはなるべく束にして、切ってほしいと伝える。


「この袋に入れてほしい」


「え、セフィ、金に困ってんのか? いっぱい貰ってるだろ」


「ううん、人に渡す」


「誰に?」


「ラウラに」


 シセルズは、そういえばいたなと思った。一年前のあの日から何通かの手紙のやりとりをしていて、その中で別れたと書いてあったせいもあって、すっかり忘れていた。

 セフィライズの髪を切ると長さは5センチ程しか取れなかった。しかし、十分な金になるだろう。袋に入ったそれを紐で結び、セフィライズは予め書いておいた手紙をつけた。


「それをどうするんだ?」


「多分、そのうちとりにくるから。窓の外にでも置いておく」


 自室の窓を開け、広い縁の部分に置く。飛んでいかなようにと拾っておいた石を重ねて置いた。

 セフィライズは、もしかしてこれが、傷ついた、という事なのかもしれないと思う。少しは、信頼していたのかもしれない。好意を向けられる事が無かったから。それが全部嘘だったという事実に。それでも、仕方ない事だと思う。自分自身の存在価値は、多分他の人から見れば、そんなものだとわかっているから。


「ラウラちゃんとは、結局別れる時は大丈夫だった?」


「問題ないよ。ちゃんと片付けておいたから」


 シセルズは片付けておいた、の意味がよくわからなかったが。何事もなさそうで、後腐れなく別れられたのならそれはよかったと思った。

 しかし、いつかは。いつか、弟を本気で好きになってくれる子がいるなら。ちゃんとセフィライズを、白き大地の民としてじゃない。その価値じゃない。人として、見てくれる子がいるなら。


「ちゃんと、いい子ができたらいいな」


「いらない。生まれが、これだから」


 セフィライズが苦笑する。あれ、こいつ、こんな風に笑ったかなって、シセルズは思った。乏しかったと思った表情が、少し増えている気がした。そういえば、話し方も、ほんの少しだけ変わった気がする。


「いや、いるよ。絶対。俺は、お前に知ってほしい」


 愛しいとか、好きだとか、愛しているとか。そういう気持ちを。それだけは、やっぱり、シセルズには教えられないものだ。


「何を?」


「うーん、その時になったら、セフィが知る気持ちだよ。自分で感じるんだよ。ちゃんと、お前の中にあるから」


 そう言われ、セフィライズは目を閉じる。自嘲気味な笑みを浮かべて、短くなった髪を触った。

 結局、自分はこれだから。ラウラの事も、今までの出来事も全て、これが結果だと思う。シセルズのように偽装して生きる道を、選ばなかったから。この先の、これからもずっと。他人と関わる事なく過ごしていくほうがいい。自分と関わっても、誰も幸せにならない。その理由は、もう明らかだ。


 うまくは、生きていけない。







 次の日、窓の外の袋は無くなっていた。















アリアドネの糸 END




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