外伝 アリアドネの糸 3
「こいつのどこがよかったのかな?」
シセルズから見ても、そんなにいいところはないと思う。最近は、会話はできるけれどどこかずれているし、笑わないし。親密な関係が築けそうにも見えない。
「えっと、それは、内緒です」
ラウラのその言い方に、シセルズはピンと、きてしまった。こればかりは、色んな女の子と沢山遊んできた事に感謝する他ない。これは、この子は。
「ラウラちゃん。好きじゃないよね、別に目的が、あるよね」
シセルズは表情を一変させる。鋭い目つきで彼女を見下ろした。そうだった。忘れていた。シセルズから見れば当たり前の見た目だが、他人から見れば弟は白き大地の民そのもの。珍しくて貴重かつ、とんでもない高級品だ。
「何が目的なのかな」
「何の話ですか? あたしは本当に好きですよ」
勝ち気な目のラウラが、真っ直ぐに胸を張って言い返す。しかしシセルズは疑っていた。今まで散々、利用される側にいたシセルズにはよくわかる。これは、絶対に。
「あ、ごめんなさい。あたし夜も別の仕事入れてるんで、帰りますね。セフィライズ、また明日ね」
そう言って、手を振ってラウラは去っていく。その後ろ姿をシセルズは目を細めながら見た。何が目的だろうか、物珍しさだろか、それとも。
「何個か掛け持ちして働いてる」
「庶民の子、だよね?」
「出稼ぎだって」
なるほどお金に困っている、というわけか。シセルズは妙に納得した。金銭面の教育は、多分しているから、変な貸し借りはしていないだろうけども。そこまで天然でもないと信じているから、有り金を全部渡すこともないと信じている。
「セフィ、あの子……信用しない方がいい」
「えっと、わかった。明日断りを入れたらいい?」
「いや、でもちょっと待て、いや俺は。どうしよう」
でもこれは、口出しになるんじゃないのか。自尊心とか独立心とかを大切にするには、自分で考えさせた方がいいんじゃないのか。と、一瞬悩む。しかし、シセルズから見て、あれは黒だった。お金が目的としても、正直言ってセフィライズを捕獲できるやつなんて存在するだろうか。戦いとなると、いよいよ人が変わり化け物になるのだから。
「あーやっぱ留学に一人暮らしって、マジでセフィには早かった! 俺もう、帰りたくねーもん」」
「二週間はいるんでしょ」
「そうだけど、そうなんだけど……もっとちゃんと色々話してから送り出せばよかったって、俺は後悔してるよ」
時既に遅し。とりあえず、二週間は様子を見れる事に感謝するしかない。
二週間の滞在と言っても、セフィライズには学校もあれば宿題や課題もあるわけだ。だから大体は勉強しているか、訓練しているかのどちらかになる。変に真面目だから、言われたことは全部やるし、妙なところで几帳面だ。シセルズを見て育ったわりに、片付けなどもまめだし、その辺は持って生まれた気質だろうか。
ついに二週間を終えて帰る事になるまで、ラウラとどうなったのか聞けないままになってしまった。食堂で働いていると言うのだから、毎日顔を合わせているんだろう。
アリスアイレス王国へ帰る為、馬車に乗り込む前にそれとなく聞いてみた。
「ラウラちゃんとは、その後どうなった?」
「兄さんもいたし、普段はそんなに話したりしない」
「そっか、それで、ど……いや、いい。また手紙書くから、その時にでも教えてくれよ」
「近況報告?」
「まぁ、そんな感じ」
どうなったか、その先を聞くのをやめた。あまり人間関係に口出ししすぎるのはよくない。ただ、注意だけはしてほしいと思った。騙されているのか、いないのか。物珍しいから、だけならそれでもいいのだけれど。何かあって、裏切られて傷ついたりするだろうか。やはり、それを、防いでやるべきだろうか。
今までたくさん、傷ついてきたのに。ただ、セフィライズ本人に好きだという感情が無い事が救いだと思った。もし相手を好きになっていたとしたら、全力で別れさせていたところだ。
「お前なら、判断できるだろ」
「多分」
信用するなとも言ったし、この状態だと、シセルズの意見のままに動いてしまうのはわかりきっている。だからもう、シセルズはこれ以上言うのをやめた。
「じゃあ、また来るわ」
手を振ってセフィライズと別れる。見送りをする姿が小さくなるまで、ずっと見ていた。
シセルズを乗せた馬車が遠くなり、小さくなっていく。セフィライズは手を振るのをやめて、自室へ戻ろうと歩き出した。
「お兄さん、帰っちゃった?」
見計らったかのように、発着場の階段を登っていたセフィライズの前にラウラが現れた。両手を後ろに組んで、長いスカートを靡かせている。
「今さっき」
「そっか。セフィライズ、今日はこれから暇? お兄さんいたから遠慮してたんだよね。ちょっと燐光の谷に遊びに行こうよ」
「えっと、ごめん。君とはもう」
「あーわかった。お兄さんから何か言われたでしょ? じゃあ、思い出作りでもいいから。燐光の谷は、行った事ある?」
「ない」
「じゃあいいでしょ? 何か用事ないんだったら、一緒に行こうよ。もうお弁当作っちゃったもん」
丁度燐光の谷の方に観光客を乗せた馬車が止まっている。ラウラは戸惑っているセフィライズの手をとって引っ張った。馬車の端に座り、隣に座るよう促す。セフィライズは少し考えてから、彼女の隣に座った。
燐光の谷まで馬車に揺られている間、二人は終始無言だった。普段から、セフィライズはあまり喋らない。遠くを見て、物悲しそうな顔をする時もあれば、足元を見て、何かを考えている時もある。そんな横顔をただぼーっとラウラは眺めた。たまに視線が合うと、にっこり笑って見せるのに、彼からは一切の反応がない。
「喉乾いたでしょ。お水飲む?」
「ううん、別に」
「そっか、飲みたくなったらいつでも言って。ちゃんと持ってきてるから」
ラウラはカバンから取り出しかけた水筒をしまう。再び馬車に揺られながら、燐光の谷への道のりを進んだ。




