外伝 不器用でも。 2
仕事はしっかりこなした。その日の夜、すぐにでも眠ってしまいたくなる自身を奮い立たせ、編み物に取り組む。昨日のおかげでかなり手が早くなった。不器用さは変わらないが、この一晩頑張れば編み終わりそうだ。
徹夜二日目。
思考が停止するとはまさにこのことかとスノウは思った。眠っていないとこんなにも心が無になるなんて。ただひたすらに手を動かす。
無心、一心不乱。という言葉が的確なのかはわからないが、もはやスノウは自分が何をしているのかすら把握できないほど疲弊しながら編み物をしていた。再び昨日見た朝焼けが入る部屋の中で、仕事が始まるギリギリまで、一所懸命に編み続け。そして完成した。
「できた……!」
持ち上げるとそれは灰色のせいでマフラーなのがボロ雑巾なのか区別がつかないほどにくたくたでよれよれ。しかし編み始めたところから最後まで丁寧に見ると、やや上手くなっている。スノウはやれば上達するのだと思って嬉しくなった。
手頃な袋に入れ、それを持ち仕事へ向かう。今日は執務室に行かず、先に練習場を覗きにきた。兵士達が列を成して練習場の周りを大きく走っている。その中にシセルズとセフィライズもいた。
大体練習場での仕事は、掃除、片付け、水の手配、擦り傷等のお世話だ。早速掃除をしようかと思い、セフィライズに渡すマフラーを手に持ったまま箒を手にとった。
眠たい。とてつもなく、眠たい。
スノウは用具入れの扉に頭をぶつけそうになり、ハッとした。
このままでは寝てしまうと首をふり、箒を持って移動する。ちょうど目の前を走っている彼らが通った。その中でシセルズがすれ違い様におはよ、と声をかけてくれる。その横にいるセフィライズとも目があった。軽く会釈をされたので、目を閉じ頭を下げる。
しかしその、目を閉じる、という行為だけで一瞬意識が飛びそうになって驚いた。今日一日、ちゃんと仕事が出来だろうか。
掃き掃除を始めようと歩く。どこかでマフラーの入った袋を置かなくてはいけない。入口付近で立ち止まり、しゃがんで荷物を置こうとする。しかし一度しゃがむと立ち上がれない。体力がほぼゼロとはまさにこの事だ。
からんからんと、木柄の箒が音を立てて倒れた。その音に目をやると、スノウが入口付近で倒れている。それに気が付いたセフィライズがいち早く彼女へ駆け寄った。シセルズも全体に走り続ける事を指示してから抜け、弟の後を追う。
「スノウ……!」
倒れる彼女を抱きかかえると、深い寝息をたてている。大切そうに抱きしめる袋がずり落ち、その中からマフラーが出てきた。
「スノウちゃんどうした?」
後ろからやってきたシセルズがスノウを覗き込むと、眠っている彼女と落ちた灰色のそれ。一瞬マフラーかどうか悩む仕上がりに、不謹慎だが少し吹き出しそうになった。
「眠っている……みたい」
「あー……なるほどなぁ」
シセルズはおそらく徹夜してそのマフラーを作ったのだろうと思った。下手すれば二日寝てない可能性がある。
「セフィはスノウちゃんを医務室に運んでやれ。起きるまで帰ってくるなよ」
「いや、寝かせたら戻ってくるよ」
「だーめ、これは命令な」
シセルズは指でセフィライズの額をこづいた。はいわかりましたか? と言わんばかりの表情で見ると、ため息をついて子供のようなわかった、という返事が返ってくる。
小柄だからかスノウは軽い。抱きかかえて医務室に向かおうとすると、シセルズが床に落ちたマフラーをスノウのお腹のあたりに置いた。
「マフラー?」
シセルズは、それを見て一発でマフラーとわかるのはすげぇ、と言いそうになった。
「起きたスノウちゃんから直接聞けよな」
本当は二人のやりとりをこの目で見たかったが仕方がない。正直、けしかけたのはシセルズ自身だという意識があっただけに、ほんの少しだけ反省した。だから、今回は。外野がいないところでも、いいのかなと。
スノウを医務室まで運ぶ。なるべく静かなところで寝かせたいと伝えると、個室に案内された。小さな窓とベッド、テーブルと一脚の椅子しかない。スノウを寝かせ布団をかける。
セフィライズは椅子に座り、スノウの寝顔を眺めながらマフラーを手に思いだした。そういえば、彼女に自身の灰色のマフラーを貸したなと。すっかり忘れてしまっていた。そしてなぜスノウが手編みのマフラーを持っているかがわからず首を傾げる。
よれよれで網目が大きかったり小さかったりする、彼女らしいマフラーだと思った。髪は綺麗に結べるのに、他のことはどこか不器用だ。そんな彼女がなぜわざわざこんなものを作ったのだろうか。自分用だろうか。ならどうして持って来たのだろうか。
その答えは起きてからでないと聞けないのだろう。深い寝息を立てる彼女のそばへ行き、手に触れ顔を見るととても疲れていそうだと感じた。セフィライズは自身のブーツに手を添え折りたたみの仕込みナイフを取り出す。本当に小さな、薄い刃でできたナイフだ。簡単な紐や木の枝しか切れなさそうな程に。しかし自身の腕を切るには十分だった。
躊躇いもなく左腕の内側を切る。ぷくりと浮いてきた血液を右手で絞り出すように触れ、スノウの手に添えた。
「我ら、世界を創造せし魔術の神イシズに祈りを捧げ、我の灯火であるマナを分け与えよ。今この時、我こそが世界の中心なり」
セフィライズ自身のマナを彼女へと注ぐ。寝不足なら、睡眠で回復するマナの量が足りないはずだ。そこを補えば少しは早く目が覚めるかも知れない。
マナを分け与え終わると少し疲れた為、椅子に深く腰掛けた。左腕の傷口は浅く、止血するように舐めておく。あとは勝手に塞がるだろう。
日が傾き始めると西窓だった為に室内へと橙の光が充満し、より部屋が明るくなった。
スノウはなんとなく目を覚ます。一瞬、いつから寝ていたのかわからなくて、マフラーを作り始めた最初の日からずっと眠っていたような錯覚を覚えた。見慣れない天井だと理解し、ゆっくりと起き上がる。すぐ横に、椅子に腰掛け静かに眠っているセフィライズがいて、思わず声を出しそうになった。その膝の上に、彼の手が添えられている自身のマフラーが目に止まる。
状況が飲み込めない。どうしよう、と周囲を見た。どこだかわからない狭い部屋だ。なぜかスノウはマフラーをとりあえず取ろうと思ってしまい、手を伸ばす。添えられた彼の手を退けようと触れたその時。
「ん……ぁあ、おはようスノウ」
「ご、ごめんなさい。起こしてしまいましたね」
セフィライズは両手を上にあげ、体を伸ばす。小さなあくびを手で隠した。
「夜は、ちゃんと寝たほうがいい」
どこまでお見通しなのかわからない彼の指摘に、一瞬固まった。
「はい、あの。ごめんなさい……ご迷惑を……」
「迷惑ではないけど。……心配、した」
彼が視線を逸らしながら、ややぶっきらぼうに言うけれども。それが少し、可愛く感じてしまった。口元をおさえてふふっと声が出てしまう。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
笑ってしまった事に謝って、心配してくれたことに感謝して。スノウは彼の膝に置かれたマフラーを手に取った。
「あの、実は他にもその……謝らなければいけないことが、ございまして」
スノウはセフィライズから借りたマフラーを無くしてしまった事を告げる。本当なら目を見て話さなければいけないのだろうけれども、怖くて下を向き、手編みのマフラーを握りしめながらになってしまった。
「あぁ、別にいいよ」
セフィライズは貸していた事すらさっきまで忘れていたぐらいだから、気にする事もないと思う。
「それで、その……謝罪にと思いまして。わたしなんかが作ったもので、本当に申し訳ないのですが。その……こ、これを……!」
彼女が握りしめていたマフラーを差しだされ、セフィライズはやっと理解できた。貸していたマフラーを無くしてしまい、不器用ながらも作ってくれたのだと。ただ作るのに必死で、睡眠をおろそかにしたのだろう。その気持ちが、純粋に嬉しいと思った。
「ありがとう、大切に使わせてもらうよ」
セフィライズがマフラーを受け取ると、スノウは顔を上げた。柔らかくて、優しい笑顔でいる彼に、胸がトクンとうつ。
溢れ出る、彼を想う気持ちが胸いっぱいに広がって、幸せを噛み締めた。
不器用でも。 end




