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56.赤い晩餐編 跳躍



 潰れる音、そして最後まで助けを懇願するルードリヒの声が段々と聞こえなくなる。

 首を跳ね飛ばすのは簡単だ。しかし、そうすれば人に戻る。この状況で避けた方がいいのはわかる。しかし、他にどのような方法があるというのか。タナトスに触れられれば、またあの痛みに襲われる可能性もある。それを治せるスノウは重症だ。


「殺したら、だめです……」


 セフィライズの迷いに気がついたスノウが、微かな声を発する。わかっている。わかっているのだ。しかし。


「方法が、ない」


「……でも、だめ、です……」


 彼が震えながら迷っているのがわかる。身体中が、本当に痛い。熱いというのに、とても寒い。スノウは体を半分起こし、前傾姿勢のまま膝を立て、柄を震えながら握りしめる彼の手に触れた。

 ああ、いつも本当に。こんなにも苦しくて、辛くて、痛い思いをして。戦っているんだなと、心から、彼を想った。

 スノウの手の温もりを感じ、彼の震えがゆっくりと治まっていく。柄を強く握っていた手が離れ、体の力が少し抜けたように、セフィライズはスノウを見て微笑んだ。


「わかったよ……」


 他に方法なんて思いつかない。それでも、殺さない方法を、探すしかない。

 ルードリヒを飲み込み終わったタナトスがゆっくりと二人の方を見る。セフィライズは彼女を庇うようにスノウの前に立った。

 その時、外から花火が上がる音が聞こえる。窓の外、夜空を飾る鮮やかな火花が見えた。タナトスが再び耳をつん裂く咆哮を上げ、窓の外を眺める。その花火が気になるように見え、その瞬間、体を曲げ跳躍を使い窓を破り出た。ガラスの破片が飛び散り、その部屋からタナトスがいなくなる。

 その花火が何か、セフィライズはすぐにわかった。あれは、リシテアが向かった晩餐会で上げられた祝いの為のものだと。


「まずい……!」


 各国の要人が集まっている。そんなところに怪物が向かい、同じように人を喰らえば混乱になる。床に横たわり、息が小さくなっていくスノウへ駆け寄り体を抱きかかえて、走った。


 セフィライズに抱きかかえられながら、スノウは目を閉じる。全身が痛く、そして寒い。彼の胸の服を掴んで、伝えないと、と思った。なんだか、今伝えないと、もう、伝えられない気がしたからだ。


「セフィライズさん……」


 か細い声で話しかける。走りながら、彼はスノウに視線を一瞬落とした。


「どうした」


「こんなに、痛いって……知りませんでした。いつも、セフィライズさんは、こんなに……痛いんですね」


 消え入りそうな笑顔を向けて、次の言葉を繋げようとする。もう一度、彼の服を引っ張った。

 もう、視界がだいぶぼやけてきている。すぐ近くにあるはずの、セフィライズの顔すら、靄がかかっているようだと思った。これが、死ぬという事なのかと。

 セフィライズに抱き抱えられ、彼の体温を感じながら、最後はこんなに。痛くて寒いのに。こんなにも、安らぐのかなと、思った。


 約束したから。帰ったら、あなたに伝えいたい事があるって。

 いま、言わないと。


 今、伝えないと。


「セフィライズ、さん……わた、し……」


「わかった、後で聞くから。今は黙って」


 それでも、今伝えないといけない。そう、言葉を繋ごうとした時。外に出たセフィライズが、勢いよくレンブラントが待機している馬車へと駆け寄った。


「レンブラント!!」


「セフィライズ様、それは、どうされましたか!」


 血だらけのスノウを抱えたセフィライズを、レンブラントは驚いて見た。

 スノウは馬車の中寝かかせられ、離れようとするセフィライズの手を取る。


「説明をしている余裕がない。リシテア様が危ない。スノウを頼む」


 名前を呼ぼうとしたのに、セフィライズはレンブラントの方を見ながら彼女が掴む手を離した。それでも伝えたくて、スノウが追いかけようとさらに手を伸ばす。


「スノウ、戻ってきたら聞く」


 スノウの手を再び振り払い、そのまま行ってしまう彼を呼び止めたかったのに。もう声が出ない。

 今でないと、だめなのに。今じゃなきゃ、伝えられないかもしれないのに。


 手のひらがスノウ自身の血液でべったり濡れている。気にせず胸元の首飾りを握り締めた。

 透き通る、青い宝石。これを貰った時、本当に本当に嬉しかった。


 その、本当に嬉しいという気持ちを、ちゃんとあの時、伝えられたかな。


 スノウはゆっくり目を閉じ、その瞬間意識がなくなった。首飾りを握りしめていた手がだらりと落ちる。青い石は彼女の血液に濡れて、滅紫に染まっていた。








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