53.赤い晩餐編 迎え
結局、セフィライズは洗いざらい話してしまった。スノウがルードリヒから交際を申し込まれた事、その返事に行っているという事。
「しかし、早く帰ると言っていましたので。そのうちに戻ってくるかと……」
リシテアが急に無言になった。腕組みをしながら、真っ直ぐセフィライズを見ている。
「……なさい」
「なんと、おっしゃいましたか?」
「迎えに行きなさい!!」
黙っていたリシテアは熟した果実が弾けたかの如く、ものすごい勢いで話しだした。
「ありえないわ! どうして一人でいかせたのかしら。あなたの、直属の! 部下でしょう! 返事なんてわかりきっているじゃないの! どうして付き添わなかったの!! 本当に信じられませんわ!!」
「……スノウが、決める事で。私が付き添うというのは、違うのではないかと……」
「はぁあ!? ため息しか出ませんわ! これは命令よ、今すぐ迎えに行きなさい!! レンブラント! 馬車の準備をしなさい!」
「かしこまりました」
セフィライズは困惑しながら立ち上がり、馬車の準備に向かうレンブラントを呼び止めそうになった。リシテアが本当に怒っているようでブツブツと信じられませんわ、という言葉を繰り返している。
「セフィライズも! 相手は侯爵なのよ。しっかり服と髪を整えなさい! ほら、準備!!」
リシテアが指差しをしながら手を振り回して怒っている。困惑しながらなんと答えるべきか悩んだが、しかし。
「かしこまりました……」
迎えにいかない、という選択肢はもはやなかった。
衣服を整え、カイウスから貰った剣を腰に帯びる。鏡の前で再度立ち姿を確認していると、後ろからリシテアが近づいてくるのがわかった。
「馬車の準備できたそうよ。早く行きなさい。もう日が沈んで暗くなったじゃないの。わたくしはあなたが出たのを確認してから、婚姻の晩餐会に向かいますわ」
「リシテア様、その……なぜ、迎えにいかなければならないのでしょうか。スノウは食事に呼ばれただけで、それにすぐ帰ってくると……」
「はぁ……相手は侯爵。スノウの身分はどうかしら、セフィライズ。スノウはとても真面目な子だわ。アリスアイレス王国が、どう見えるか考えるのではなくて。自分の行動で、印象が変わりますわよね。つまり、不本意な解答をせざるを得ない、とは考えませんでしたの?」
確かにそうだ。身分差を考えれば、スノウがリシテアの指摘通りの行動を取る可能性もある。その事実に、気がついていなかったわけではない。あえて黙認していた、に近い。それは多分、ルードリヒに抱きしめられている彼女を見てしまったから。
「不本意でも、侯爵との結婚は、彼女にとっていい選択ではないかと、思うのですが……」
「セフィライズ、それを本気で言っているのかしら」
リシテアが再び静かに怒っているのがわかった。
「不本意でも……? いい選択? 不本意がいい選択なわけないでしょう!!」
一喝されて、黙ってしまう。確かに、言われればその通りだ。心のどこかで、スノウがこの国に残り、知らないところで幸せになるのならそれでいいと思ってしまったのだ。だいぶ昔に同じような事を思い、彼女を遠ざけようとしていたのと全く一緒だ。それは、押しつけでしかない。
「わたくしは、セフィライズもそろそろ、自分の心と向き合うべきだと思いますわ」
「心と、向き合う……とは、どういう……」
「わからないふりをして、逃げるのはやめる事ね。セフィライズの悪い癖です。あなたは、足元しか見なさすぎなのよ」
リシテアの最後の言葉は、スノウの受け売りだった。馬車の中で、セフィライズの事を心から想いながら、大切な人の事を考えるように、愛しそうな表情を浮かべて話していた、その時の言葉。
「ほら、準備ができたのなら早く行きなさい! レンブラントが首を長くして待っていますわ!」
リシテアに背中を強く叩かれ、セフィライズは部屋をでた。
残されたリシテアは腰に手をあて、セフィライズが見えなくなった方向を眺めながらため息をつく。
「本当に、世話が焼けますわ!」
満足げに笑いながら、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ切なくなる。まだセフィライズの事が好きだったリシテア自身が、鏡の中に写っていた。




