51.赤い晩餐編 食事
スノウはルードリヒの準備した馬車に揺られ、彼の邸宅に来ていた。アリスアイレス王国の至って一般的な制服姿のままで、大変失礼かと思い一度着替えに戻りたいと申し出たが、ルードリヒは気にしないとの事。スノウには、彼が何故か食事を急いでいるように感じた。
彼の邸宅は、大きな門に閉ざされ広い庭は手入れが少しまばらな印象を受けた。出迎えた執事はレンブラントよりもさらに年上に見える。執事の案内で建物の中に入ると、非常に豪華で広いのだが、妙に薄暗く静かだった。
「本日は、お招き頂きましてありがとうございます」
スノウは頭を下げる。ルードリヒが嬉しそうにスノウの手をつなぎ、引っ張りながら食事の会場に通された。わざと魔導人工物を灯さず、ろうそくで雰囲気を出しているその部屋。大きなテーブルの中央に花は無く、調度品が丁寧に飾られていた。
既に食事の準備が整っている状況ではあるも、スノウはさらにその光景に違和感を覚える。なぜだろうと思いながら、促され椅子に座るとすぐに食事が始まった。
運んでくるのは門で出迎えた執事である。ここで初めて、スノウはその違和感の原因に気がついた。
ルードリヒの邸宅で、この執事以外誰も、見ていないのだ。このような巨大な邸宅ならば、何十人という使用人がひっきりなしに仕事をしているはず。
「……とても、静かなんですね」
「煩わしいのが嫌いなもので。信頼できる者しか、屋敷に置かないのです。他人を招いたのも父が亡くなってからあなたが初めてですよ」
ルードリヒが静かに笑いながら言った。だからあなたは特別だと、言いたいのだろう。その後は、食事をしながら他愛のない彼の自慢話だ。まるでスノウが交際を受け、将来結婚を約束した人かのような話し方に愛想笑いを浮かべる。
ルードリヒが言った事が、真実かどうかの確認はしていない。セフィライズがスノウをカンティアに残して行こうとしている。最初聞いた時は衝撃を受け、ひどく傷ついた。今も、本当にそうだったら、どうしようと思う。それでも、スノウはもう決めていた。
ルードリヒの申し出を、全て断る事を。
その事実を持って、セフィライズに伝えたい事がある。真意の確認と、スノウ自身の気持ちだ。その後の事は、もうその時にならなければわからない。
最後の食事を終えると、ルードリヒは立ち上がりスノウの前に立つ。今再び跪き、スノウと視線を合わせて彼は解答を求めてきた。
きっと、今までの話し方から察するに、自信家なのはわかる。だから断れば、彼のプライドを傷つける行為なのも、理解できる。しかし、断らなければならない。うまく、言葉を選ぶのだと、スノウは息を呑んだ。
「ルードリヒさんの申し出は、大変嬉しく思いました。しかし、わたしには、恩を返したい方がおります。そのご恩を、返し終わった後、学びに戻りたいと思いました。その時は、ぜひお友達として、接していただければ嬉しく思います」
はっきりと断ったわけではない。このぐらい遠回しの方がいいだろうかと思った結果だった。その意図は、ルードリヒにも伝わったようで、笑いながら立ち上がる。しかし妙だ、たいして傷ついているように見えないのだ。スノウのような出自の娘を侯爵が見初めたと言うのに、それをスノウから断っている。そう考えれば、怒りのような感情が湧いてもおかしくはない。何故こんなにも、余裕そうな表情で、まるで本当は交際などしたくないのではないかと思う程に。
「そうでしたか、それは残念です。やはりあれがいいのでしょうか」
ガラリと、声色が変わった。丁寧さを含んでいたというのに、人を見下している、嘲っているような。それでいて顔は笑っているのに、目が全くの無に近い色をしているのだ。スノウは怖くなって、立ち上がりながら再び頭を下げた。
「本当に、申し訳ございません。あの、本日は失礼させて頂きます」
「待ってください。実はあなたのために、用意したものがあるのです。せめて、それを見せたいと、思っているのです。最後に、少しでいいので、お付き合い頂けませんでしょうか」
先ほどの声は、瞳は、なんだったのかという程に、丁寧で優しげな声で頭を下げる。これを、本当は断りたかった。しかし、相手は侯爵で、しかも交際の申し出を辞退してしまったのだ。その上、スノウの為に用意したというものまで断ってしまっては失礼にあたると判断した。
この屋敷に入ってから、どれくらい経ったのかわからない。しかし早く帰る、と伝えたのにも関わらず、かなり時間がかかってしまっているのではないかと思う。
スノウは、セフィライズが待っていてくれるか、心配だった。もっと心配なのは、彼自身の事。
「はい、あの。でしたら……是非、拝見させて、ください」
スノウが頭を下げると、ルードリヒは満足そうに笑った。




