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50.模擬試合編 約束



 レンブラントはどうするか、少し考えた。無理やりに、医者を呼んで診せるのか。スノウに、治癒術を使ってもらうように促すのか。しかし何故か、二人してそれを拒否するのだ。セフィライズは痛みで会話ができそうになく、スノウは取り乱している。

 レンブラントは控室の戸棚を見渡すと、それなりの医療品が揃っていた。その中から、痛い止めとして一般的に処方される植物の粉が入った瓶を取る。


「では、取り急ぎこちらを」


 スノウはその瓶のラベルに書かれたナーコックという植物の名前を見てすぐに何かわかった。量が多ければ毒にもなる、しかし用法も守れば非常に強力な痛み止めだ。

 水を用意し、粉を紙の上に落とす。彼の口元へと運び、すかさず水を飲ませる。即効性があるわけではないが。


「痛みがひきましたら、お話がございます」


 言い逃れが出来なさそうなレンブラントの言葉に、セフィライズは視線を逸らした。


「いいたく、ないな……」


「子供のような事を仰らないで頂けますか。これはアリスアイレス王国としても問題です」


 わかっている。隠し通せるものでもない。かといって、言ってしまえるものでもない。


「レンブラントさん。わたしが、わたしが聞きます。聞いて、必ずご報告致します。お約束します。だからもう少し、せめて婚姻の祝賀が終わるまで、この話は、ここだけの秘密に、していただけませんか」


 スノウの懇願にレンブラントは考えた。長い沈黙の中、静かに頷き了承する。今すぐに問題にするのは、確かに得策ではない。特にリシテアに知られてしまったら、なおさら話は大きくなるだろう。つつがなく祝賀に参加する事が、今回の最重要事項であることは間違いない。


「……セフィライズさん。わたしは、あなたに……お話ししたい事が、あります」


 彼の手を握りながら、スノウはその銀色の瞳を見つめた。心配で、顔が強張りそうになる。穏やかな表情になるように、必死に気持ちを沈めた。


 彼は、知っているのかもしれない。そして、迷惑だと、思っているのかもしれない。でも、何も伝えたことがない。セフィライズの気持ちを、推し量って話しているだけ。ちゃんと、伝えなくては、理解してもらえない。聞かなければ、わからないのだ。本当の、気持ちというのは。


「わたし、実はルードリヒさんに、交際を申し込まれました。その回答を、今晩聞かせて欲しいと、邸宅に招かれています」


 スノウの話しを、瞳を閉じながら黙って聞く。彼女がまだ、ルードリヒに何も答えていないという事実に驚いた。

 それでも、スノウが何を選ぶのか。何を考え、求めるのか。彼女の人生であり、彼女にとっていい選択であるならば、もう、何も言うことはないと、思う。

 しかしそこに、セフィライズの気持ちは、無い。


「それで……それで、今日はなるべく、早く帰ってきます。その後に、わたしの話を、聞いていただけませんか?」


 柔らかい言葉と笑みで、語りかけられた。ゆっくりと目を開けると、セフィライズは歪む視界の中でスノウを確認する。

 どんな選択でも、必ず、彼女の背を押そうと、思う。しかし恐ろしい程に、利己的な感情が渦巻く。今までに感じたことがない、醜いと、自分でも思う程に。何故か、どこにも行かないで欲しいと思っている。理由はわからないが、手放したくないと願っている。

 首を振り、その全ての感情に蓋をするように、息を吐いた。


「スノウ……私も、君に……話が、ある……」


「はい」


 君がどんな選択をしても。残ると言っても。離れて行くとしても。大丈夫だと、伝えたい。 


「待って、いるよ……帰ってくる、のを……」


 弱々しく笑う彼の手を、再び握りしめながらスノウは頷いた。

 伝えないと、決めていたけれど。でも、もう、伝えなければいけないと思ったから。彼が何を言うかは、わからない。それでも、誤解されたままは嫌だった。

 迷惑と言われようとも、構わない。断られても、構わない。


 セフィライズさんの事が好きだから、だから心配で仕方ないのだと、知ってほしい。そう、思ったから。

 その先が、無くなってしまうかもしれない。それでも。


「しばらく、ここにいますね。副作用として眠気が来ると思います。気にせず、休んでくださいね」


 安心できるように。彼が、心休まるように。ただ笑顔でいることしかできない。スノウは優しい声を発し、そして微笑みかけた。


 朝は、あんなにぎこちなかったのに、もうこんなにも、当たり前でいつも通りの彼女に、セフィライズも伏し目になりながら薄く笑った。


 スノウがルードリヒを選んだとしても、それは彼女にとっていい選択だと思う。カンティアに残るという選択をしたとしても、快く送り出そう。

 今までの、全ての当たり前に、感謝しながら目を閉じた。






 セフィライズが眠りについたのを確認し、スノウは立ち上がった。レンブラントに頭を下げ、今一度ルードリヒとの食事の件を伝える。


「早く戻ってきますので、それまで、セフィライズさんをお願いします」


「かしこまりました」


 スノウが名残惜しそうに控室を後にする。残されたレンブラントは、しばらく静かに眠っているセフィライズを見ていた。正装のままでは、寝苦しだろうと思いセフィライズの体を起こす。堅苦しい服のボタンを外し、着替えさせようとした、その時だった。それが、レンブラントの視界に映ったのは。

 赤黒い、腫瘍。心臓に張り付き、八方に伸びている。驚きのあまり、手が止まり、震えた。


「なるほど、これは……」


 セフィライズがなぜ、何も言いたがらないのか、長く彼を見てきたレンブラントには理解できてしまった。服を着替えさせるのをやめ、ボタンを閉じ見なかった事にする。


「レンブラント……」


 控室をあとにしようとするレンブラントを、うっすらと意識が浮上したセフィライズが呼び止めた。


「起きましたか」


「まだ……とても眠い」


「気にせずおやすみください。リシテア様には、わたくしからうまく伝えます」


「……ありがとう」


 ありがとうの前に、余計な言葉をつけそうになった。精神的に、もう随分と追い詰められているような気がする。それも仕方のない事だと、胸に手を当て再び目を閉じた。

 そこにいる、それは、さらに広がり大きくなっている気がする。いつか意識を全て持っていかれるのではないか。それとも体が朽ちるのが先か。


 それでも、思い出してしまうのは。


 心から、守りたいと、思うもの。

 心から、愛しいと、思うもの。


 それが特別だと、まだはっきりとは理解できてはいなかった。


 






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