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49.模擬試合編 決着



 ジーフは正直セフィライズの事を舐めていた。か細い腕と足、筋肉もなさそうな薄い胸。白き大地の民特有の色白さが、さらにひ弱そうに見せるせいもある。優男がたいそうな二つ名で呼ばれ、いい気になりやがって。そう思っていた。


 しかし実際はどうだろうか。まるで人間とは思えない速さで目の前に現れたセフィライズが、恐ろしい程の重さで剣戟を繰り返すのだ。振り返っても既に遅く、動く軌道が追えない。

 息切れを起こす事もなく、砕氷の残像が見えるようだと思った。試合に入る前までの目とは違う。まるで別人の冷徹さで、氷狼(フェンリル)と呼ばれるだけのものを見た。背後に本物のフェンリルが牙を剥き出しにし、今にも噛み殺すために飛び出してきそうなほど。


 しかし、セフィライズが目の前で急に動きが鈍った。この絶好の好機を逃すわけもなく、ジーフは攻めに転じる。その後も、何故か動きが悪いのだ。先程まで、まるで化け物かと叫びたくなる程の恐ろしさをもっていたというのに。


「おいおい、どうしたんだ」


 余裕が出てきたジーフが、彼の木剣を受け止めながら言った。しかしセフィライズは軽く舌打ちをする程度でその場から離れる。

 ゆらゆらと体を揺らし、セフィライズは空を仰いだ。まだ、大丈夫だと自分に言い聞かせるように目を閉じる。そのまま剣を構え、何も見ない状態で、音に集中した。


 胸の奥から、棘のあるツタが周囲を傷つけながら這い出てくるようだ。違和感と、そして疼く痛み。それらを意識の外に追い出して、今は目の前のジーフに集中する。


「隙だらけだ!」


 ジーフが近づいてくる音がする。鎧が擦れ合い、金属が響かせて。その小さな音の違いで、ジーフがどう攻撃してくるか。振り下ろされる、相手の木剣が空気を裂く音。

 セフィライズは目を見開き、その一撃を避ける。長い髪がその剣先に触れた。

 セフィライズは振り下ろした際の隙を狙い、木剣を下から振り上げる。狙うは、ジーフのアゴ下。


「はぁっ!」


 速すぎるセフィライズの剣が、避ける隙も与えずジーフの首下から切り上げる。重く激しい。頭を覆う兜とジーフを吹き飛ばした。

 その武装された巨体が空中を舞う程の力。地面に叩きつけられた瞬間、ジーフは立ちあがろうとしたがそれよりも先に、勝敗を決する声が響いた。


 ジーフが苦々しそうに木剣を放り投げ、悔しさのあまり地面を叩きつける。それに背を向け、セフィライズは控室へと戻ろうと歩いた。

 一歩踏み出すごとに、ズキズキと痛みが強く、下を向く。気力を振り絞り控室の扉を開けると、そのまま崩れ落ちるように膝をついた。木剣の柄から手を離し、胸に手をあてる。


「セフィライズさん!」


 聞き慣れた声、それに驚いて彼は顔をあげた。


「どう、して……」


 控室にスノウがいる。しまったと思った。苦々しい表情を浮かべながら、しかしいつも以上の激痛の波が段々と早まってく。


「セフィライズさん。また、痛むのですね……」


 膝をついていたセフィライズが立ち上がるも、しかし今にも倒れそうにしている。スノウは肩をかすように手を広げた。そのままゆっくりと控室にある簡易ベッドまで誘導する。横になった彼は、口をつぐみ、目を閉じた。何度も痛みを我慢するかのように表情が歪んでいる。その横で、スノウはただ何も聞かず、セフィライズの手を握りしめた。


 笑顔で、いようと思う。

 スノウが無理に笑って見せると、薄目を開けたセフィライズが一瞬驚いた表情をした。そしてすぐに頬を緩める。


 無くしてしまった、無くしたくなかった、その当たり前が、今、目の前に、ある。


「スノウ……」


 手を伸ばそうかと思ったが、しかし彼女によって強く握られている。スノウの、その手をしっかりと、握り返した。


 その時、控室の扉が叩かれる音が聞こえ、スノウは今一度強く手を握ったあと、返事をして扉を開けにいった。ほんの少しだけ開いた隙間から見えたのは、レンブラントの姿だ。


「レンブラントさん」


「少し、違和感を感じたので。様子を伺いにまいりました」


 違和感、というのは多分、セフィライズの模擬戦の様子だろうと思った。見慣れているものならわかるだろう、その微妙な変化。隠しきれないもの。


「くっ……あぁッ……」


 うめき声でスノウは思わず振り返った。彼は体をのけぞらせ、床にドサリと音をたてながらずり落ちる。震えながら心臓を抑えていた。今までにない程に苦しんでいるように見えて、怖くて怖くて仕方なく、慌てて駆け寄る。

 レンブラントもまた部屋に入り、床に落ちた彼を抱えた。上半身を起こした状態で、レンブラントは多少焦りの入った声でどうされましたか、と聞く。しかし、セフィライズもスノウも、その質問に、答えられなかった。


「スノウ様、治癒術を」


「それは……」


 意味がないのだ。それをどう、伝えるか困惑した。レンブラントが彼をベッドに横にさせる。


「では、医者を呼んで参りますので」


「ま、待ってください!」


 出て行こうとするレンブラントの腕を、スノウは必死に呼び止めた。自分でもどうしてそんな事をしたのか、分からなかった。


「……セフィライズさんは、嫌がると、思うんです。だから」


「嫌がるとか、嫌がらないとか、そういう問題ではないでしょう!」


 そうだ。そんな事は、わかっている。でも。


「レンブラント……呼ばなくて、いい……治らない、から……」


 うっすらと目を開けた彼が発した言葉に、スノウは衝撃を受けた。


「治らないって、なんですか。セフィライズさん! それは、どういう意味ですか!」


 セフィライズに思わず詰め寄ってしまう。手を握り、顔を覗き込み答えを欲しがっても、彼は頑なに答えてはくれない。



 




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