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48.模擬試合編 試合




 模擬戦会場の控え室の椅子に座りながら、セフィライズはため息をついた。隣でリシテアがずっと文句をずっと言っている。それを聞き流しながら再びため息を吐いた。

 別に、模擬戦自体はなんの問題もない。相手がリヒテンベルク魔導帝国でなければの話だ。今や冷戦状態と言ってもいい。そんな状態で行われるこの模擬戦の重要さは、セフィライズには痛いほどわかっている。負ける気など微塵もないのだけれど、やはり責任は重い。

 据え置かれているのは芯に鉄を通し重さを出した木剣だ。それをたぐり寄せるように掴み、軽く振ってみた。


「本当に腹が立つわ! なんなのかしら! ボコボコにしても構いませんのよ!」


「リシテア様、落ち着いてください。本来であれば、リヒテンベルク魔導帝国側と試合をするのは、あまり好ましくありません。挑発に乗らないようにお願いします」


「わかっているわ。でもあなたは腹が立ちませんの? セフィライズのことをまるで物のように話して。今思い出しても本当に本当に腹が立つわ!」


「ありがとうございます……ですが、慣れていますので」


 セフィライズは自嘲気味に笑いながら立ち上がった。大多数の人間から見れば、そんなもの、だから。

 正装に付けられた装飾品をなるべく外し、動きやすいように胸元のボタンを一つ取って服を緩めた。


「観覧席でお待ちください。すぐ戻ります」


 リシテアに背を向け、会場へと続く扉を開けた。黄土色の土が太陽の光を照り返しとても眩しい。歩きながら、みぞおちに手を当て、何度も深く呼吸を繰り返す。

 久しく兄であるシセルズ相手としか戦っていない。感覚が鈍っているだろうと、木剣を持ち上げ、再び周囲の空気を切り払った。





 リシテアは観覧席に戻る前に、控室にいるスノウとレンブラントに声をかける。セフィライズの事を信用してはいるが、もしもの事があったら怖い。スノウの治癒術があれば、多少の怪我はなんとかなる。

 スノウはリシテアに話を聞いた時、正直とても嫌だった。もう、あまり彼を戦いの場に出したくない、というのが本音だ。いつも、いつも、傷つくのはどうしてセフィライズなのだろうかと思う。辛い思いを、痛い思いを、もうさせたくない。しかし、これも仕事のうちなのだ。理解していても、やはり、どうしても嫌だった。


 どうしたら、彼を守ることが、できるのか。


 そんな気持ちが浮かんだ時、スノウは当たり前だが無理だと思った。何の力もない、むしろ守られる側でしかない自分自身に、できる事はなんだろうか。

 いつも、安心できるように、笑顔でいることしか、できない。そんな事しか、できないけれどでも。精一杯の気持ちを込めて。


「わたし、控室で、セフィライズさんを待っていても、いいですか?」


「かまいませんわ。小窓がありますから、そこから見られるはずですわ」


「ありがとうございます」


 スノウは頭を下げ、セフィライズが試合後に戻ってくるであろう控室に向かった。

 小さな控室には、確かに小窓がついている。覗き込むと、ちょうどセフィライズがジーフの前で立ち止まっているところだった。


 セフィライズが会場に入ると、既に武装したジーフが立っている。全身を鎧で固め、手に持つのは木剣なのだが大剣に近い見た目をしている。破壊力のない武器で、動きは鈍いが防御が硬いタイプは正直苦手だなとセフィライズは思った。

 相手と距離をとり、セフィライズは立ち止まる。模擬試合の時に行う敬礼の形をとり、相手に頭を下げた。ジーフもまた、同じように頭を下げる。


「あんた、本当に強いのか」


「試合で、確認して頂ければ」


 ジーフがニヤっと嫌な笑みをこぼす。セフィライズは目を閉じ、剣を体にそわすように胸の前に立て、反対の手は腰の後ろに回した。


 大きな声を張り上げた男性が、何やら開幕の挨拶をしている。国と、名前の紹介だ。しかしその全てを、目を閉じながらまるで風に揺らされる木々の騒めきとしてセフィライズは聞き流した。意識を剣に集中させる。相手の行動を、今まで出会ってきた敵と近しいものを想像して、柄を強く握り、再び深く呼吸を整えた。


「それでは、始めっ!」


 その言葉が鮮明に聞こえた瞬間に目を見開いた。セフィライズは剣を払うと真っ直ぐに相手へと走り寄る。ジーフが大剣を大きく振りかざすその前に、セフィライズの細剣が相手の首筋へと狙いを出さ叩き落とした。しかし、武装された腕の鋼がそれを簡単に跳ね返す。すぐさま体をひねり、その場から動かないジーフの肩を台にして宙を舞うように反対側へと着地した。

 一瞬の隙も作らず、再び背後から剣を真っ直ぐに突き動かす。振り返ったジーフの大剣がなんとかセフィライズの速さに追いついて弾き返した。


「はやいっ……!」


 再び弾き返されるも、セフィライズは銀髪をまるで吹雪のように流しながら、ジーフの横に回る。地面を蹴り上げ、剣を回しながら再び空中を舞った。


 スノウは小窓から必死にセフィライズの姿を見ていた。軽やかな動きは、以前の彼を彷彿とさせる。スノウが最後に見たのは、鈍り切ってしまいシセルズとの模擬戦を諦めたところまでの彼だ。とても心配だったが、しかし今の彼の動きは、ギルバートと試合をしていた時か、それ以上のものがあった。

 彼の特徴的な銀髪は、流れるように太陽の光に当てられ輝く。その瞳は、いつも以上に冷たく真剣で、見つめるだけで恐怖を感じる程の凄み。戦いになると、まるで彼は別人だと思う。

 心配、だったけれど。でも、今の彼なら、大丈夫。スノウがそう、思った。その時だった。


「ッ……」


 前触れもなく、ジーフの目の前でセフィライズが一瞬止まった。その隙を相手が逃すはずもなく、左上から薙ぎ払うように振り下ろされるその木剣を、いつもなら素早く避けれたはず。しかしセフィライズ自身の剣を盾として使い、受け止めた。体格が大きいだけに、相手の一撃が重い。弾き返すのに全身を使い押し退けると、距離をとるように大きく飛んだ。


 息が上がる。セフィライズは剣を持たない方の手で、口元を拭った。


「はッ……、本当に、間が悪いな……」


 目を閉じる。戦闘による呼吸の乱れではないのはわかっていた。

 心臓の奥がゆっくりと疼くように暴れ出そうとしているのがわかる。早く、決着をつけた方がいいと思い、再び呼吸を整え、相手を睨み付け剣を構えた。






 





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