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47.模擬試合編 名前




「白き大地の民なのに、名前が短いんだな」


 セフィライズの横に立つ、リヒテンベルク魔導帝国の騎士が声をかける。その場にいたほとんどのものが反応し、回答を求めるかのように自然とカンティア国立教導院の責任者であるルードリヒに視線が集まった。困ったように立ち上がったルードリヒが、白き大地の民は、名前・母方の性・父方の性と名前が続く民族であるという説明をする。


「フルネームを名乗らないのは、この場においては失礼だろう」


 リシテアが心配そうにセフィライズを見る。彼は静かに目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。


「大変申し訳ございません。片方の性は、既に無かったものとしております」


「わたくしからも謝罪申し上げますわ。ただ、アリスアイレス王国としてフルネームを名乗らなくても良いとしております」


 リシテアは緊張していたが、しかし震えないように必死に我慢し、真っ直ぐにその場にいた全員へと視線を向ける。この中で最年少の彼女は、舐められないようにと胸を張った。


「イシズとかいう元は薄汚いハーフエルフを、神様とか言って信仰していた奴等だろ」


 リヒテンベルク魔導帝国の騎士は、蔑むかのように食ってかかる。セフィライズは涼しい顔でそれを受け流した。しかし、またも全員の視線がルードリヒに集まるので、彼もまた困ったように説明を入れる。


「確かに、白き大地の民の主神であるイシズ・オーデュリカは元々はハーフエルフです。ですが彼は今現在まで続く魔術の基礎を築いた人物でもある。歴史的に非常に重要な偉人である事は間違いありませんよ」


 ただ、ハーフエルフが薄汚い、というのはこの世界において一般的な認識である。魔術の神イシズがハーフエルフであったという事実を知っているものが少ないだけに、初めて聞いた者たちは驚きを隠せなかった。

 エルフは神秘的であり近寄り難い種族。そして人と交わることがない。だというのに、人間とエルフの間に生まれるハーフエルフは、いわば人間が無理やりにエルフを犯して産ませた子供であるという認識が非常に強い。エルフを穢した罪人の子は、産まれたその瞬間から罪深い。そしてエルフの世界にも人間の世界にも居場所がない。異端の人種だ。


「名乗りそびれたな。俺はジーフ・エアルドルフだ」


 悪びれた様子もなく握手を求めてくる、セフィライズの隣に立つ男。屈強な肉体に凄みのある顔面には大きな切り傷が顔を割るように走っている。セフィライズは静かに会釈しその手を握り返した。


「今や白き大地の民は高級品ですからね。私もこのように、揃っている個体を見るのは初めてで、驚きを隠せませんね」


 ニドヘルグの少し馬鹿にしたような話し方に食ってかかったのはリシテアだった。


「その言い方は失礼ですわ。まるでわたくしの騎士を物のようにおっしゃるのね」


「ああ、失礼。我々にとっては、素材でしかないものでして。そのようなものを騎士にしていることが、我々には理解しがたい」


 リシテアは今すぐにでも隣に座るニドヘルグに殴りかかりたくなる気持ちを必死に抑えた。リシテアの怒りに気がついたセフィライズが、落ち着いてください、と彼女の耳元でささやく。

 セフィライズにとっては、幾度となく繰り返されてきた、どうでもいい罵りである。慣れているだけに、あまりこの事に関して気持ちが揺れる事はなかった。ルードリヒに名前を指摘された時は驚いたが、フルネームの事、イシズがハーフエルフであるの事を嫌味として言われるのも想像にたやすい。


「まぁ、あなた方は我が騎士の名声をご存知でないのかしら」


「存じ上げておりますよ。ただ、噂におひれがついているだけではないかと疑っておりますがね」


 ジーフがリシテアを見ながら小馬鹿にした笑みを隠せないでいた。確かに、来賓の中では一番年下であり、ただの小娘に見えるかもしれない。しかしれっきとしたアリスアイレス王国の第一王女。ジーフの話し方は、彼女の誇りを嘲けているのだ。


「ならば、せっかくですのでお相手して差し上げます」


 その発言に、セフィライズは顔をしかめた。つまり、そういう事、だからだ。再びリシテアの耳元で、落ち着いてください、と声をかける。


「それは嬉しいですね。ぜひ氷狼(フェンリル)と名高いセフィライズ殿を見てみたかった。どうですか、今からでも」


「これから会食ですので、その話はまた」


「いいわ! 受けて立とうじゃないの!」


 セフィライズが軽く断ろうとしたその声に、リシテアが大きな言葉で被せて立ち上がった。後ろに立つセフィライズは、大きなため息をつく。誰かと模擬戦をしなければいけないだろうとは思っていたが、できればリヒテンベルク魔導帝国相手は避けたかった。これはカイウスたっての願いである。祝いの席に、波風を立てない気遣いだと言っていたが、もはやリシテアにはどうでもいいようだった。


「では、早速お願いしましょう」


 ニドヘルグも嬉しそうに手を叩き立ち上がった。セフィライズの前を通り過ぎ進む骨張ったその男は、卑しめるようにセフィライズを見る。なるべくニドヘルグを見ないように、セフィライズは目を閉じた。













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