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46.模擬試合編 無言



 どうやって部屋に戻って、ドレスを脱いで、そして寝たのかわからない。泥のように崩れ落ち、ベッドの上でスノウが目を覚ますと朝だった。寝巻きにも着替えず、下着のまま寝てしまったせいでくしゃみを何度かしてしまう。体が重い。ゆっくりとベッドから這いずるように起きて、鏡を見ると酷い顔をしていた。


 朝からセフィライズに会うのが怖いと、スノウは思った。


 必死に髪を整え、アリスアイレス王国の制服に着替えた。部屋をでて階段を降りる。ちょうどそこに、セフィライズが歩いてきた。下を向いている彼は、スノウを見て廊下の中央で立ち止まる。彼はいつにもまして髪がひどく乱れ、瞳には覇気が無かった。


「お、おはよう、ございます……」


「おはよう……」


 スノウは階段の柵に手をかけたまま動けなかった。セフィライズが歩き出し近づいてくる、他に何か言われるかもしれないと思い、目を瞑り下を向いた。しかし彼はスノウの前で立ち止まる事も、声をかける事もなく階段を降りて行ってしまう。階段の上から、彼が見えなくなるのをただ眺める事しか出来なかった。



「何その酷い顔! 髪の毛もボサボサよ!」


 遠くでリシテアが叫んでいる声が聞こえた。スノウはしばらく階段の上で、立ち止まったまま動けない。胸に手をあてる。

 何かを言わないといけないのに、ちゃんと会話を、しないといけないのに。全く勇気がでない。






「今日は各国の代表とランチ。リシテア様は食事の席に、騎士は後ろで控えて頂きます」


 レンブラントが本日の予定を軽く説明し、出席者の一覧を読み上げる。その中に、昨晩は姿を見せていなかったリヒテンベルク魔導帝国の名前があった。リシテアが顔を引き締め頷く。敵対関係にあるのは重々理解しているが、今は祝いの席。うまく立ち回らなければいけないという重圧が彼女にかかる。


「つまりお互いの国のお披露目会みたいなものでしょう。任せなさい! ねぇセフィライズ!」


「はい……」


 ボサボサだった髪をミジェリーに整えてもらっているセフィライズが、覇気のない返事をする。


「セフィライズ様、頭の布飾りはどういたしましたか」


「落としました」


 ミジェリーがふぅとため息をつき、強くセフィライズの髪を引っ張るようにくくり上げた。大きな声で別の従者に、替えを持ってくるように言っている。

 セフィライズは、スノウより髪を結ぶのが雑だなと思い、首をふった。今はまだ、考える気力がない。彼女の事を。


 昨日から自身の気持ちがよくわからない。スノウに対して、どう思っているのかすら、もうわからない。そのせいで、今までの出来事がまるで別世界の出来事のように感じるのだ。

 ルードリヒに抱きしめられていた彼女を見て、感じた事もない気持ちになったのを。今でもそれが、一体何かがわからないまま。ただ、何かが渦巻いているのだ。心が落ち着かない。


 ただ、当たり前のように隣にいて笑う彼女は、当たり前では、決してない。


 それだけがとても強烈に理解できた。

 強制する事などできない。全て、彼女が決める事で、彼女の人生だから。


 それでも。傲慢かもしれない、身勝手かもしれない。スノウに、伝えそうになる。


 どこにも、行くなと。









 昼の会食の場所へと馬車で向かう。本来ならスノウは必要ないのだが、リシテアが無理やり引きずって連れてきた。しかしスノウとセフィライズがいつにもなくぎこちなくしているものだから、リシテアもどうしていいかわからない。

 今回は何も用事がないスノウは、レンブラントと一緒に控室に待機することとなった。早々にセフィライズと離れる事ができて、どこかほっとする。何かを伝えたいのに、どう伝えていいかわからないのだ。もう少し、考える時間が欲しかった。


 昼食の会場に入ると非常に長いテーブル、調度品のような椅子と家具。豪華な花が飾られ、アンティーク調の壁面は淡い水色と白のストライプに彩られていた。食事の席にはプレートが置かれ、リシテアは自身の国名を確認して座る。既に各国の来賓が数名座っており、その中にルードリヒもいた。彼らの後ろには背を真っ直ぐにした屈強な男性が立っている。


 セフィライズが入ってきた事で、多少なりとも騒めきが起きる。その髪色とともに、衣服の赤を見た人々が既に彼が誰であるかを理解していた。

 彼は一人、既に椅子に座ってテーブルに肘をつき、薄ら笑いを浮かべている男と目が合う。灰色がかった肌に骨張った細い指、異質にコケた頬と飛び出したような眼球をしている、黒い髪の男。すぐに、セフィライズは誰だか理解できた。あのオークション会場にいたあの男。そしておそらくは、リヒテンベルク魔導帝国宰相ニドヘルグだろうと。

 リシテアの席は、ニドヘルグの隣だった。リシテア自身、わかっていた事だがやはり緊張する。


「ごきげんよう。失礼致しますわ」


「これはこれは、アリスアイレス王国第一王女、リシテア様ですね。お初にお目にかかる」


 薄気味悪い笑みを浮かべ、軽い会釈をするニドヘルグを真っ直ぐに勝ち気な目で見つめ返した。リシテアが座った席の後ろにセフィライズも立つ。両手を腰に回し背を伸ばすと、振り返ったニドヘルグと目があった。


「初めまして。えぇっと……」


「アリスアイレス王国第一王子親衛隊所属、セフィライズ・ファインです」


「そうそう、セフィライズ。よろしく」


 名前には興味がないと言った反応だった。しかし、セフィライズの姿を上から下までしっかりと見て、またも薄ら笑いを浮かべる。

 セフィライズはカイウスの言葉を思い出していた。リヒテンベルク魔導帝国は、お前を狙ってる。それは、つまりセフィライズの事を、人として見ていないという事だ。




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