17.コンゴッソの夜編 酒場
酒場はまだまだ騒がしい時間だ。多くの人が酒を片手に談笑を楽しんでいる。
目と髪を黒に染め、いかにも一般冒険者といった姿に扮したセフィライズは、ゆっくりと入口から歩いて端の席に座った。
「葡萄酒を」
「あいよ!」
その姿を見つけたギルバートが、一緒に騒ぐ仲間たちに断りをいれ、セフィライズの元へ来る。
「やぁ、黒曜君。この酒場に来るなんて、珍しい」
この酒場は、僕らのホームだ! と手を広げ、セフィライズの肩を陽気に叩く。ギルバートの声に、おう! と数人が機嫌良さそうに返事をした。既に数種類の酒を煽り飲み、美味い食事を頂いた後なのだろう。
酒場はとても明るい。それは魔導人工物という道具を照明として利用しているからだ。
庶民にはなかなか手が出ない製品ではあるが、ろうそくやランプなどでは足りない光を補ってくれる。客入りがよくなる為、設置してる店は多い。作っているのは主にリヒテンベルク魔導帝国だ。生活の向上に関する小さなものも作るのが得意な国なのだ。
ギルバートは酒に酔っているのか、いつもより少し大胆にセフィライズに詰め寄った。
「どういう風の吹き回しなのかな?」
「いや、なんとなくだ」
そう言いつつ、セフィライズには明確に目的がありそうだった。ギルバートは何か聞きたいことでも? と、彼の前の席に座る。
「ギルドの、緊急の依頼を見たか?」
「もちろんだよ。あの規模の依頼を突然だすなんて、大国も前もって準備すればいいのにね」
つい、今日の昼のことであった。ギルド本部に緊急かつ大規模な依頼が入ったのだ。内容はとても簡単なものかつ報酬が素晴らしい。それはアリスアイレス王国の国賓の護衛だった。
アリスアイレス王国といえば、リヒテンベルク魔導帝国と同等かそれ以上の大国である。抜きん出た軍事力、政治や経済においても影響力は大変強い。ただアリスアイレス王国が存在するのは、極寒の大地。以前はそうでもなかったのだが、壁が出来てから年々気候が悪くなっているようだ。氷の中に閉じ込められた狼とも呼ばれるほど。もしそうでなければ、彼らの国はもっと力を持っていただろう。
通常であればコンゴッソとアリスアイレスの境界壁までの護送が多い。しかし、今回は何故かアリスアイレス王国までとなっている。コンゴッソから越える壁は1つといえど、寒さへの対策はしなければならない。防寒具から何から何まで、他の地域に護衛につくのとは訳が違う。
ただし、準備が大掛かりなだけで、内容は非常に楽であるのは目に見えていた。大国がこの地域の護衛だけで自国へと帰るとは思えないからだった。アリスアイレス王国であれば、自国の警備も連れて来ているはずだ。要するに、おまけ程度の護衛で済むとほとんどの人間が想像できたのだ。
報酬がうますぎる、しかし準備が急すぎて手が出ない。
「どこが受けるか知っているか?」
「愚問だよ、もちろんこのギルバートとその仲間達に決まっているよ」
その答えに、セフィライズはわかっていたのだろう。表情に安堵の色が見えた。
「なぜ君が安心したのかな?」
「いや、あの規模なら、ギルのところだけだろうと思っていたから」
「どうかな、別に人数は予定を越えれば何人でもいいようだし。僕たちと一緒に参加する? 報酬も流石の大国だ、かなりの額をもらえる。防寒具などはこちらで用意するよ」
ギルバートの提案に、セフィライズはすぐさま拒否した。まさかその依頼を出したのが目の前にいる人物だとは想像もつかないだろう。
セフィライズが言葉を飲むように葡萄酒を飲むものだから、ギルバートは不思議そうに首を傾げた。
「何か他に、仕事が入っているのかな?」
いや、別に……と言葉を濁し、そして葡萄酒をまた口にする。彼が目を合わせないものだから、ギルバートは嘘が苦手だね、と笑う。しかしそれ以上は詮索しないと決めたギルバートが席を離れようとしたその時、酒場の扉が開いた。普段であれば客が入ることなど誰も気に留めないはずだ。横目で確認する程度だろう。
しかしその客は、その場にいた全員にとって驚く人物だったからだ。
その酒場に入って来たのは、スノウだった。
ギルドでスノウの姿を見たものはもちろん、何も知らなかったものも驚く。アリスアイレス王国の者とすぐわかる服を身に纏っている、一般的には珍しい金色の髪の少女が立っているのだ。
ほぼ全員の視線が集まる状態で、スノウはその中に冒険者に扮するセフィライズを見つけた。あの暗闇の中で見たのは、やっぱり彼だったとスノウが喜ぶ。その名前を発するか発しないかその刹那、セフィライズは彼女の手を引いていた。
「散れ!」
セフィライズが酒場の者達に向けて発すると、スノウと共にすぐさま酒場から出た。




