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44.カンティア宴会編 迷惑



 聞き出す、ということは愚策だ。そんなものはわかっている。しかしもう、スノウは止めることができなかった。彼が、君には関係ない事だ、というのはわかっている。それでも、何も知らなければ何も出来ない。

 どうしても、どうしても彼の力になりたい。彼の為に何かしたい。


「セフィライズさん、教えてください。それは、なんですか? 胸の、それは。どうして、痛いのですか。どうして、わたしの治癒術では、治せないのですか」


「……さい……」


「教えて欲しいんです。わたしに、セフィライズさんの事を」


「……うるさい!」


 聞いた事もない彼の声に、スノウは肩に回す手を思わず離してしまった。震えながら立ち上がると、うずくまる彼もまた、壁に体を添わしながら立ち上がった。


「……君には、関係ないと」


「わかっています。でも!」


「迷惑だ!」


 こんな言い方をしたく無かった。本当は、もっと別の言葉があったのも、わかっている。

 苦々しい表情のまま、息が荒くなる。早くどこかに行ってほしい。スノウが近くにいると、苦しくなる。

 よく、わからなくなる


「迷惑、なんだ……君の、その……いつも、そうやって……だからッ」


「ごめん、なさい……」


 セフィライズが振り返ると、彼女は酷く傷ついた顔をしていた。真っ直ぐにセフィライズを見て、瞳から一筋の涙を流している。

 語気を荒げてしまったせいでスノウを傷つけた。理解した瞬間、締め付けられる程に苦しくなった。


 彼女は、迷惑、と言われるとは思っていなかった。いつも彼の優しさに甘えていただけで、少し強引に、スノウ自身の意志を伝えていたのかもしれない。それを、ずっと、ずっと。迷惑、と。彼は思っていたのかと。


「スノウ……」


 手を伸ばすか悩んだ。傷ついた表情の彼女に、なんと声をかければいいかもわからない。

 スノウは彼に背を向け走って行ってしまう。伸ばそうとした手は無意味に空中を掴んだ。その拳を胸に当て、壁に体を預けたままずるずると座り込んでしまう。


「何、してんだ……俺は……」


 彼女の傷ついた表情が視界に浮かぶ。あの時と、同じだ。タナトスの首を切り落とした時と。結局傷つけることしか出来ないのかと。


 そんな言い方をするつもりは無かった。ただ、本当に。


 痛くて、痛くて仕方がない。心臓が、何か得体の知れないものに切り刻まれているかのように、痛い。しかし、これは。


「痛いのは……どっちだ……」


 心臓か、心か。




 






 スノウはただ闇雲に走った。どこに何があるかなんて知らない。ただその場所から離れたかった。彼から、離れたかった。泣きながら目の前のガラス扉を開けると、建物の明かりが反射している暗がりの庭園だった。夜風がほんの少し冷たい、それでも構わず庭園の中を走った。

 目の前に大きな白い噴水が見え、その縁に手をつくように崩れ落ちる。


 拒否、されるのが。

 こんなにも辛いとは、知らなかった。


 彼の強い口調が離れない。うるさいと、言われた事。迷惑だと、指摘された事。彼の為を思っていたけれど。それは全部、押し付けだった。全部全部、今まで。


 ぼろぼろと涙を流しながら視界が歪む。どんな時も、思い出すのは。

 だから。


「好きなんです。ごめんなさい。好きになって、ごめんなさい」


 わぁーと声を張り上げて、子供みたいに泣いてしまった。




「スノウさん?」


 スノウは慌てて立ち上がり、涙を拭いて声の方を見た。そこには建物の明かりを背にしたルードリヒが立っている。


「泣いているんですか? 大丈夫ですか?」


「すみません。大丈夫です。あの、先ほどは大変失礼な事をしてしまい、申し訳ございませんでした」


 ひたすらに顔を隠すように拭う。しかしまた溢れ出してしまう。ルードリヒがハンカチを取り出し、スノウの頬を拭いた。


「実は、スノウさんに聞きたいことがありまして。あなたは、セフィライズ殿が好き、でいらっしゃますか?」


 スノウは口元を抑えた。どうしてそんな唐突に、ルードリヒがこのような事を言ってくるか理解出来ずに動揺する。


「やっぱり。でもセフィライズ殿は、あなたの事をなんとも思っていない。あなたは、仕事上で上官に当たる人を好きになって困っているわけですね」


 含みのある笑みを浮かべながら、ルードリヒはスノウに近づいた。少し後ずさるスノウの手を取り、流れるように言葉を吐く。


「実は、セフィライズ殿からある依頼を受けたんですよ。あなたを、国立教導院に入学させたいと。カンティアに置いて行くので、後ろ盾になってくれないかという」


「セ、セフィライズさんが、そう……言ったのですか?」


「ええ。私に預けたいとおっしゃってましたよ。ただ、まだあなたには伏せていると。理由としてはそうですね、あなたの気持ちに気がついているから。でしょうか。仕事もしにくいでしょうね。部下から好かれるというのは」


 スノウはルードリヒの言葉に衝撃を受けた。


 つまり、セフィライズさんは。わたしの気持ちに気がついて、それが、とても迷惑だから。だから、わたしを置いて行こうと、している。

 でも、彼は優しいから、そんな事を、はっきりとは言えない。


 スノウはルードリヒの言葉に深く傷ついた。胸が苦しくて、動揺のあまり震えながら体を抱くように俯く。


 知られている。好きだという気持ちを。

 そして、迷惑だと思われている。

 だから、遠ざけようとしている。


 再び涙を流すスノウに、ルードリヒが腕をひいてスノウを抱きしめた。


「私なら、あなたをこんな風に泣かせたりしません。スノウさん、私と結婚を前提にお付き合いできませんでしょうか?」


「え?」


 抱きしめられながら、離れようと相手の胸を押す。しかし強い力で、離れることが出来ないまま、ルードリヒの胸の中で今起きている出来事を理解出来ないでいた。







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