42.カンティア宴会編 うたげ
スノウは唐突な出来事で驚いていた。リシテアから急に宴会に連れて行く、だなんて言われて。理由を尋ねる間もなく、本当に一瞬でリシテアの従者達の手で着替えさせられる。
重いドレスを引きずりながらリシテアにひっぱられ鏡の前に立たされた。彼女は満足そうに腰に手を当てている。その鏡を見て、スノウ自身とても驚いた。
ちゃんと、綺麗だ。という、とんでもなく雑な感想しか思えないぐらい、まるで自分が別人に見えた。
「どこかのお姫様でも通用するわね! わたくしの妹という事にしますわ!」
「ダメです。どうするんですか、どう説明をなさるおつもりですか」
ミジェリーがやや呆れ気味だ。
「だから、わたくしの妹ということに」
「リシテア様、わたしはリシテア様より少し年上かと思います」
「スノウさん、そういう問題ではありません!」
リシテアはスノウの天然な発言に大笑いしてしまい、それをまたミジェリーにはしたないと咎められいた。二人が何やら言い合っている間に、再びスノウは鏡を見た。嬉しい反面、宴の席に出席する事が怖かった。うまくやれるだろうかと思う。
準備を終えて会場に向かうために馬車に乗り込む。既に中にセフィライズが座って、夜になりつつある黄昏の空を見ていた。しっかりとした正装の彼が、スノウを見てまた視線を逸らす。丈の長いドレスの裾を持ち上げながらセフィライズの前に座って、恥ずかしいなと思いながら何度か自身の髪を撫で付けた。
「今日は、頑張りますね」
不慣れなので、ご迷惑をおかけしたらすみません、と続けて頭を下げる。その言葉で、セフィライズはやっとスノウを見た。しかし、いつもと違う。何か冷めたようで、何か物悲しそうで。最近は見なかった目の色だった。
「どう、されましたか?」
そう質問した瞬間、続いてリシテアが入ってくる。スノウの質問は、かき消され無かったかのようになってしまった。
宴の会場は見た事もない程に豪華な建物だった。夕暮れ時に照明の魔導人工物のでふんだんに飾られ、真昼のような明るさだ。多くの馬車が止まり、ぞろぞろと降りて歩いてくる人は皆、格式高い服を見に纏い、女性は美しく着飾っている。スノウは自分がとても場違いなところに来ていると感じた。
馬車が止まり、セフィライズが先に降りる。続いてリシテアが降りると、スノウは一人で緊張のあまり動けずにいた。
「スノウ」
セフィライズに呼ばれる。馬車の横に立ち、片方の腕を背に当て、もう片方の手を差し出していた。
「足元に気をつけて」
先ほどの彼の表情は嘘だったかのようだ。いつものように、ふんわりと優しく微笑んでくれている。それは、緊張しているスノウを察しているからなのだろうか。彼の手をとり、馬車を降りた。
カンティアの第一王子の結婚の宴。見た事もない世界を体験する事となり、スノウはただ身を小さくしてずっとセフィライズとリシテアの後ろを、レンブラントにエスコートされながら歩いた。
簡単な挨拶と婚姻の発表と紹介、祝辞。スノウは窓際でそれをまるで別世界の出来事のように眺めていた。リシテアとセフィライズは二人で一緒に各所に挨拶周りに行ってしまう。当たり前といえば当たり前で、ここは外交の場所でもあるのだ。レンブラントが隣に黙って立っているとはいえ、まるで蚊帳の外だと思う。
「やぁ、セフィライズ殿」
「これは、ベッケンバウアー侯爵」
ルードリヒが近づいてくるので、セフィライズは真っ直ぐに敬礼をし頭を下げる。
「かしこまらなくても構いませんよ。ところで、スノウさんはどちらに」
「あちらの、窓際の方に執事と一緒に控えております」
「そうでしたか。では……」
早速スノウのところに行こうとルードリヒをセフィライズが呼び止めた。少し話しずらそうにしているセフィライズを察してか、ルードリヒが人だかりから外れるように動いてくれる。それに素直についていった。
「どういたしましたか?」
「……スノウと、少し話しまして……」
「ほぅ、そうなんですね。彼女はなんと」
「ベッケンバウアー侯爵の事は何も伝えてはおりません。彼女は少し、勉学に興味が出てきているようで。ただ……」
アリスアイレス王国としては、彼女を今すぐカンティアへの留学対象にすることはできない。かといって、彼女が自分から赴けるだけの財力もないだろう。セフィライズが何を言いたいのかルードリヒは察したように笑った。
「なるほどなるほど。構いませんよ。彼女が望むのでしたら、ぜひ我が国立教導院の生徒として迎え入れましょう。そうですね、セフィライズ殿のご心配は他にもありますね」
「ええ……」
生徒として迎え入れてもらったあと、自分の立場に後ろめたさを感じて、無理にルードリヒの意見を聞き入れないか。もしくは聞き入れなかったとなった場合の、彼女はどうなるのか。
「安心してください。私はそんな小さな男ではありません。彼女が私を選ばなかったとしても、彼女の後ろ盾になる事お約束しましょう。もちろん、振り向かせる自信はあります」
「そう、ですか。いえ、実はスノウを残していく事も、視野に入れていましたので。ベッケンバウアー侯爵がそうおっしゃって頂けるのでしたら、安心です」
「部下思いなんですね。セフィライズ殿は」
「ありがとうございます」
ただ、選ぶのはスノウだという気持ちは変わらない。セフィライズから残るように仕向けるつもりは無かった。しかしスノウの性格を考えても、多少促さなければ選択する事はないだろうとも思う。
彼女にとって、いい選択とはなんだろうか。それを常に思う。彼女に、とって。
でも本当は。
「では、失礼しますね」
ルードリヒがスノウのところに向かう。窓際で佇んでいる彼女に、ルードリヒが跪いて手を差し出していた。何の話をしているかはわからない。スノウが戸惑いながら、その手をとっているのを確認する。
セフィライズはそこまで見て、目を伏せ、彼らに背を向けた。




